今、日本経済は大きな転換期にいます。
長年悩まされてきたデフレを脱却し、インフレに突入しました。そしてマイナス金利解除、急変する為替、海外投資家の増加など、新しい流れのなかでこれまでの投資戦略が通じにくくなっています。
伊藤忠を経て、国内外の金融機関を渡り歩いてきた金融ストラテジスト・エコノミストの岡崎良介さんは、これからの時代は「短期トレードよりも長期ポートフォリオ」「すべての〝資産〟の価値が上昇」と言います。豊富なデータを基に、インフレ経済の投資戦略を紹介してもらいます。(4回目の2回目)
●1回目:金利とPBRの正常化が日本株上昇のカギを握る…インフレ経済で様変わりする投資戦略とは?
※本稿は、岡崎良介『野生の経済学で読み解く 投資の最適解』(日本実業出版社)の一部を抜粋・再編集したものです。本記事の情報は、書籍発売日(2024年1月)に基づきます。
上場企業経営者の取るべきシンプルな決断
こうした経営者―労働者―株主が三すくみの状態になっているところに裁きを下したのが東京証券取引所であったわけです。時を同じくして政府は賃金をもっと上げるように経済界への働き掛けを始めました。残念ながら両者の目論見はまだ達成できたとはいえませんが、それでもここにきていくつかの企業が動き出したことは事実です。
先ほど内部留保は会社の貯えだと書きましたが、この出どころは当然のことながら利益のはずです。なかには儲かっていないのにひたすら経費を節約して貯えを増やそうとする会社もありますが、基本は他からの助けを借りずに(増資をしないという意味です。融資を受けないという意味ではないことに注意してください)自力で会社を守り抜こうとする経営です。もちろん、これは間違ったことではありません。
しかしながら何事も規模とタイミングがあります。PBRが1倍を割れている会社というのは、そもそも時価総額以上の純資産を持っているのですから、株主にしてみれば原理的には会社を解散して投資した資金をいますぐ返却してもらったほうが儲かる計算になります。さりとて、経営者にしてみれば、新しい事業に乗り出せ、とか、設備投資を増やせ、とか外野席から文句を言われても、儲かる見込みのない話には乗れません。
では一体どうすればいいのかというと、これはシンプルに考えれば答えは簡単に見つかる話です。一つは配当を増やすこと。新規事業や設備投資のチャンスがないならば、利益は最大限投資家に還元すべきでしょう。もう一つは自社株を買うこと。繰り返しますが、PBRが1倍を割れている会社というのは、自分の持っている純資産で自分の株を全部買えるのですから、これは簡単な話です。それなら借金を返したほうがいいという見方をする人もいますが、ある程度の運転資金はどの会社にも必要でしょうし、いまの時代、配当利回りよりも借入金利のほうが低い会社ばかりです。社債を発行するなどして長めの資金を調達してでも自社株買いを行なったほうが得になるケースもあるくらいです。
動き出すアクティビスト
こうした動きに海外の投資家たちは敏感に反応しています。2023年度はこうした東証の要請だけでなく、日本銀行総裁が交代し、改めて金融緩和政策継続の意思が確認されたのですから、自国の利上げに苦しむ投資家からすれば、日本株市場が宝の山に見えたはずです。
記録に残るものとして、今回がおそらく3度目の大規模な外国人の日本株買いになるのではないかと私は睨んでいます。1度目が2005年夏から始まった、郵政解散をきっかけとした規制緩和期待の外国人買い、2度目が2012年の暮れから始まったアベノミクス相場です。正確な数字を捕捉することはむずかしいのですが、どちらも累積投資金額は10兆円以上に及ぶはずです。
おそらく今回は、東京証券取引所の呼び掛けに呼応する形でアクティビストと呼ばれる物言う株主がこぞって日本株に参入してきたものと推察されます。彼らは、ある会社の株式を一定以上保有し、従来の典型的な物言わぬ投資家と異なり、投資した会社の経営陣へ積極的に提言を行なう投資家です。今回の東京証券取引所の働き掛けも、さらにはその後に唐突に岸田総理から発表された、日本の資産運用業の強化へ海外からの参入を促進しようとする政策も、最終的に行きつくところは、〝株主が働き掛けることで日本企業を再生させる〟という試みであるように私には思えます。
日本株投資のロードマップ
以上で、大体のここからの日本株を取り巻く環境が描けたかと思います。もちろん、景気の循環はやがてまた訪れますが、いまはその前に確実に起こるであろうと予想される現象を押さえて戦略を立てるのが先決です。
まず、上述した外国人投資家の買いは、少なくとも2024年の株主総会の時期までは続くことになるでしょう。この間に、日本の企業が増配や自社株買いの実施に積極的に取り組めば、さらなる買いが期待されます。
ただし、この流れには上限があることをあらかじめ理解しておかなければなりません。
そもそもの発端が、低すぎるPBRの修正にあるのですから、これが適正とされる水準までは株価が買われてもおかしくありません。とはいえ、適正とする水準を見つけることはむずかしく、たとえば直近の実績ベースPBRで見ると、米国は4・4倍であるのに対し、欧州の平均は1・9倍、英国は1・7倍と推計されています。さらに、こうした数字は時代により、景気循環の位置により変わってくるので、一概に一定の水準を決めるのは土台無理な話です。
それでも日本株が先進国のなかでは際立って割安であることは間違いありませんので、それこそ日経平均株価がバブル時の高値を超えてくるまでは、こうした割安感の是正は継続していくものと考えておいてよいでしょう。
次に、日本銀行の金融政策の正常化の動きですが、こちらは2024年に大きな転換期を迎えることになるでしょう。市場に大きな影響を及ぼすのは、まずはマイナス金利解除の時期になりますが、これについては2024年の4月から9月までのどこかではないかとみています。この動きに対する市場反応は、このときまでに日本銀行からあらかじめ詳しいフォワードガイダンスが行なわれていれば、混乱は銀行株にのみ限定された形となるでしょう。マイナス金利の解除だけで日本の市場金利全体が大きく変動することは考えられず、懸念されている10年物利回りの水準も、0・7~1・0%という現在とあまり変わらないところに落ち着くのではないかとみています。
●第3回は【お手本は“投資の神様”バフェット? インフレ時代は短期トレードより長期投資が有利といえるワケ】です。(8月7日に配信予定)。
野生の経済学で読み解く 投資の最適解
著書 岡崎良介
出版社 日本実業出版社
定価 1,870円(税込)
岡崎 良介/金融ストラテジスト
1983年慶応義塾大学経済学部卒、伊藤忠商事に入社後、米国勤務を経て87年野村投信(現・野村アセットマネジメント)入社、ファンドマネジャーとなる。93年バンカーストラスト信託銀行(現・ドイチェ・アセット・マネジメント)入社、運用担当常務として年金・投信・ヘッジファンドなどの運用に長く携わる。2004年フィスコ・アセットマネジメント(現・PayPayアセットマネジメント)の設立に運用担当最高責任者(CIO)として参画。2012年、独立。2013年IFA法人GAIAの投資政策委員会メンバー就任2021年ピクテ投信投資顧問(現・ピクテ・ジャパン)客員フェロー就任。