年金を本来の支給開始年齢より前に受給できる繰上げ制度。繰上げ受給をすると年金が減額されることになり、その減額が生涯続くことになります。その減額率にばかり注目がされますが、繰上げの注意点はたくさんあります。
年金について情報収集する主婦
麻耶さん(仮名・60歳)は、結婚前に数年会社に勤めただけで、結婚後は専業主婦を長く続けていました。社会人となった子どもたちが家を出てからは、夫の雅史さん(仮名・63歳)と二人暮らしです。子育ての負担もなくなった今、家事のない時間帯は、テレビの情報番組や週刊誌を見て過ごし、近所の主婦仲間と井戸端会議をする日々でした。
そんななかで、麻耶さんも60歳に近づく前から年金制度や自分の受け取れる年金のことが気になっていました。
麻耶さんは本来64歳から65歳まで特別支給の老齢厚生年金(特老厚)が受けられ、65歳から老齢基礎年金と老齢厚生年金が受けられそうです。夫の雅史さんは大学卒業以来ずっと会社員をしていて、現在も嘱託勤務で引き続き勤務、年金は65歳から老齢基礎年金と老齢厚生年金を受けられることになっています。
「繰上げしやすくなったから」と年金を繰上げ
年金のことが気になる中、日々仕入れた情報から年金制度がどうなるか不安になってきた麻耶さん。「少子高齢化は進むし、本当に年金制度は大丈夫なのかな、安心できるのかな……」と思い続けています。
そんな中で、麻耶さんは年金の繰上げ受給について知ることになります。調べてみると、「2022年4月から繰上げの減額率が0.5%から0.4%に」「2022年4月改正で繰上げがしやすくなった」といったことが書かれており、主婦仲間の間でも繰上げ受給がたびたび話題に上っています。
そして、麻耶さんは「繰上げをしてもあまり減額されなくなったのね」「あまり減らされなくなったのなら、今のうちに繰上げして受け取ったほうがよさそう」「元気なうちから年金が好きに使えるのはいいな」と考えました。
働いている限り年金はいらないという雅史さんは、そんな麻耶さんに対し、「いい加減なことや表面的なことしか言わないメディアもあるし、噂にすぎないこともあるからよく確認したほうがいいぞ」と言いますが、結局、麻耶さんは60歳になってすぐ年金の繰上げ受給をすることにしました。
麻耶さんは年金事務所へ行き、職員から繰上げの注意点を説明されます。「繰上げの減額率は1月0.4%です」「繰上げした場合と繰上げしなかった場合を比較して生涯の受給累計額で逆転する時期は80歳10カ月、つまりこれより長生きすれば繰上げしなかったほうが生涯の累計額で多くなる見込みです」と言われました。麻耶さんの場合、64歳から65歳までの特老厚はなくなり、65歳から老齢基礎年金と老齢厚生年金が同時に繰り上がる仕組みとなっています。
これについて麻耶さんは「減額率が0.4%になったおかげで80歳10カ月で逆転するのか。週刊誌にもそんなことが書いてた。なら大丈夫かな」「そんなに長生きはしないはずだし、仮に多少長生きしてもこれくらいなら許容できるかな」と考えました。
職員は繰上げ受給のその他の注意点を説明しますが、麻耶さんは特に気にせず、繰上げ請求をしました。
突然の夫の死亡…遺族年金の対象に
繰上げ請求をして減額された老齢基礎年金と老齢厚生年金の受給が始まった麻耶さん。年間70万円弱の年金になりました。せっかく受け取り始めた年金を有効に使いたいと思い、雅史さんとの旅行も計画していました。
ところが、繰上げ請求してちょうど6カ月後、雅史さんが心筋梗塞で突然亡くなってしまいます。雅史さんが亡くなったことで「遺族年金が受けられる」と聞かされ、再び年金事務所を訪れることになりました。
職員によると、雅史さん自身は繰上げもせず、まだ年金は受け取っていませんでしたが、長く会社員・厚生年金加入者だったことから、麻耶さんは遺族厚生年金が受けられるとのことです。
しかし、職員からは続けて、「遺族厚生年金は寡婦加算込みで180万円以上支給され、こちらのほうが高いので、こちらの年金を選択することになりますね」と言われます。
「え? ということは……」と察した麻耶さん。今後の年金はどのようになるのでしょうか。
●その後、年金事務所の職員に詳細を説明してもらったところ、驚くべき事実が発覚します。繰上げ受給の注意点は、後編【せっかく繰り上げた年金が“4年半”受け取れない⁉ 60代主婦が見落としていた「年金制度の落とし穴」】で詳説します。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
五十嵐 義典/ファイナンシャルプランナー
よこはまライフプランニング代表取締役、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP®認定者、特定社会保険労務士、日本年金学会会員、服部年金企画講師。専門分野は公的年金で、これまで5500件を超える年金相談業務を経験。また、年金事務担当者・社労士・FP向けの教育研修や、ウェブメディア・専門誌での記事執筆を行い、新聞、雑誌への取材協力も多数ある。横浜市を中心に首都圏で活動中。※2024年7月までは井内義典(いのうち よしのり)名義で活動。