貯金を増やし・借金を減らしたい

「助け合うのは当然でしょ?」夫婦の貯金も家業の借金返済へ…義実家が隠していた「ヤバすぎる秘密」

2024/11/06 20:00

<前編のあらすじ> 創志(38歳)はマッチングアプリで、ようやく運命の人と思える結子(36歳)と出会った。お互い普通の家庭で育ったこともあり、価値観や話がよくあったことも決め手だった。 義実家へ結婚のあいさつへ向かうと、結子の家は地方で弁当屋を営む自営業で、結婚するならゆくゆくは店を継いでほしいと頼まれる。創志は今

<前編のあらすじ>

創志(38歳)はマッチングアプリで、ようやく運命の人と思える結子(36歳)と出会った。お互い普通の家庭で育ったこともあり、価値観や話がよくあったことも決め手だった。

義実家へ結婚のあいさつへ向かうと、結子の家は地方で弁当屋を営む自営業で、結婚するならゆくゆくは店を継いでほしいと頼まれる。創志は今の仕事にこだわりもなかったが、自分の両親の介護のことを考えると、東京を離れることにやや抵抗があった。しかし両親が快く送り出してくれたこともあり、晴れて結子と結婚した。

結婚して間もなく、義父が配達中に転倒し腰を痛めてしまい長時間の立ち仕事が出来なくなった。創志は予定より早く仕事を辞め、早々に結子の実家の家業を継ぐことになってしまった。

●前編:「娘と一緒になるなら」 婚活アプリで結婚を決めた30代男性が“将来の義実家”で告げられた「あり得ない結婚の条件」

「跡取りが来てくれた」

結子とともに義実家に身を寄せてから、創志の生活は一変した。昼間は弁当屋の仕事に従事し、夜は調理師免許取得に向けて勉強漬けの日々。長年オフィスワークで、運動不足が常だった創志の身体には、台所に立って動き回るという久しぶりの肉体労働がひどく堪えた。

材料の発注、予約注文の電話対応、常連客への配達――。

調理以外の作業だけでも、想像以上に覚えることが多く、毎日が失敗と戸惑いの連続だった。特に配達は、慣れない土地に引っ越してきたばかりの創志にとって、難易度の高い仕事だった。

「創志くーん! ちょっと配達行ってきてくれるー?」

「はーい! 今行きます! この住所って……タバコ屋の裏でいいんでしたっけ?」

電話注文を受けた義母や結子から声がかかるたび、創志はちょっとした緊張感に襲われた。記憶力をテストされている気分になるのだ。

「ううん、それは別の常連さん。木村さんは公民館の方だよ。ほら、大きな犬を飼ってる……」

「あー! そうでした。いつも間違えるんだよなぁ……」

何度も心が折れかけた創志だったが、店で働き始めて3カ月ほどたったころから、少しずつやりがいを感じるようになった。

おそらく人との距離感が近く、お客さんの生の声が聞けることが良い方向に影響したのだろう。

義両親の弁当屋には、毎日多くの客が訪れ、「ありがとう」「頑張れよ、2代目」と言葉をかけてくれる。店頭に立つ義母が常連客が来るたびに「跡取りが来てくれた」とうれしそうに話すため、創志は瞬く間に認知されることになった。

顔を見て直接投げかけられる一言は、創志にとっては新鮮で、これまでの仕事では得られなかった充実感を感じさせてくれた。

コルセットと鎮痛剤を常用し、だましだまし台所で鍋を振るう義父の姿を見ながら、創志は早く1人前にならなければという使命感を燃やしていた。

総額600万円もの負債を抱えていた

弁当屋の見習いになってから約1年後。

通信教育で働きながら勉強を続けた創志は無事に調理師免許を取得し、台所にも立たせてもらえるようになったころ、驚くべき事実が発覚した。

なんと義両親の店には多額の借金があり、経営は最悪な状態にあったのだ。

地元住民に親しまれ、一見繁盛しているように見えた弁当屋だったが、実際は何年も前から赤字が続いていた。原因は材料費が高騰しているにも関わらず、昔ながらの設定価格を守って弁当を提供し続けていたこと。経営権の譲渡にあたって、義父から決算書を見せてもらった創志はがくぜんとして言葉を失った。

そこに記されていたのは、総額600万円もの負債。

義実家の店がここまで厳しい状況に追い込まれていることを、創志はこれまで全く知らなかったわけだが、それもそのはずだった。義両親も結子も、誰一人としてその重大な事実を創志に伝えようとしなかったのだ。

重苦しい空気が流れる居間の畳の上で、創志は彼ら3人と相対していた。

「どうして今まで黙っていたんですか? 借金があるなんて僕は聞いてませんよ」

創志は込みあがってくる怒りと不信感を飲み込みながら、努めて冷静に尋ねた。義両親は互いに顔を見合わせ、結子は気まずそうに視線をそらす。

「すまない。借金があることが分かったら、店を継いでもらえないだろうと思ったものだから……」

「そりゃそうですよ。こんな状態で経営を続けるなんて無謀すぎます。こんなんじゃ経営どころじゃないですよ」

正直なところ、店は今すぐたたむべきだと、創志は感じていた。

もともと安い価格設定の上、何かと客にサービスしたがる義両親。常連客に弁当を届けても、近所だからと配達料も取らない。そんな赤字覚悟の経営ぶりと決算書の数字を見れば、廃業は妥当な判断だ。

土地ごと店を売却すれば、なんとか借金は返せるだろう。頭の中で返済のシミュレーションをしていた創志だったが、義家族は口をそろえて反対した。

「そうは言っても仕方がないだろ。うちはずっとこの値段とこのサービスでやってきたんだ」

「それは理解しているつもりですが、現実問題として借金はどうするんです? 正直、ここまで傾いた店を引き継いで立て直すなんて、僕は自信ないですよ」

創志は説得を試みたが、義父を始めとした義家族はかたくなだった。店を手放したくないの一点張りで、話し合いは平行線のまま。販売価格を上げたり、配達料を取ったりして経営の見直しをすることも提案してみたが、彼らは首を縦に振らなかった。長年続けてきた店のスタイルを守りたいというのだ。

創志は義家族の身勝手さに閉口しながらも、1度後継者を引き受けた手前、彼らの意思を尊重しつつ、店の経営を改善する方法を模索していた。

だが、解決策を見いだす前に決定的な出来事が起こった。結子が「自分たちの貯金を借金返済に充てればいい」と言い出したのだ。

「何だって……? あれは、将来子供が生まれたときのためにためていた金だろう?」

「うん、それはそうだけど……まだ私たち子供いないし、せっかくなら今いる家族のために使おうよ。それに創志も、借金がなくなった方がいいでしょう?」

その瞬間、創志はまたかと思った。そう思うと、結子に対する気持ちが急速に冷めていくのを感じた。

借金をひた隠しにしたまま跡継ぎとして担ぎあげた上、夫婦の将来のために計画的に積み立てていた資金を義両親が作った借金返済に使おうというのだ。創志からしてみればだまされたも同然だった。

結子にとっては、夫の創志よりも、実家の両親の方が優先すべき大切な存在ということだろう。

自分を大切にしてくれない相手とその家族のために一生をささげるのか。

「僕はさ、ずっとお義父(とう)さんとお義母(かあ)さんの要望通りにやってきた。10年やってた仕事だって辞めて、跡を継ぐために見ず知らずの土地まで引っ越してきた。そのうえ、2人でためてきた貯金まで使えなんて、どういうつもりなんだよ」

「どういうつもりって、どういうこと? 家族なんだから、助け合うのは当然でしょ?」

「じゃあ、結子たちが僕や、僕の家族の気持ちを尊重してくれたことが一度だってあった?」

創志が淡々と告げると、結子はもういいと声を荒らげて出て行った。向けられた背中が、結子の答えだと思った。

夫婦の貯金の大半は借金返済に…

それから数か月後、創志は結子との離婚を決意した。

結婚生活は始まったばかりだが、これ以上結子や義両親と歩み寄ることはできなかった。

結子は大いに戸惑い、難色を示したが、創志の意志が固いことを知って、最終的には離婚を受け入れた。

義家族との縁を切る代わりに、2人でためた貯金については、その大半を弁当屋の借金返済に充てることにした。

一旦は跡継ぎを引き受けた身として、創志なりのけじめだった。

こうして結子との短い結婚生活に終止符を打った創志は、再び東京へと戻った。

せっかく取得した調理師免許を活用することも考えたが、結局はかつての職場や知人のつてでエンジニアとして再就職を果たし、新たな生活をスタートさせた。

義実家での暮らしとは違い、今は単身者用のマンションで気ままな独身生活を送っている。

弁当屋での経験は何もかもが新鮮で、全てが無駄だったわけではないが、今はもう過去のこと。身軽な生活の中で離婚の傷跡が癒えるのに、そう長くはかからなかった。

「俺も今度、料理サークルに参加してみようかな」

最近、趣味をきっかけに結婚が決まったという友人に祝福のメッセージを送信した創志は、晩酌がてら自分で作ったおつまみに、舌鼓を打った。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。 マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。