■要旨
米国の保守系シンクタンクであるヘリテージ財団が主導する大統領移行計画プロジェクト2025は、2023年4月、包括的な政策ガイドブックとして”Mandate for Leadership : The Conservative Promise”(リーダーシップの指針:保守主義の約束)を公表した。マスメディアは同書あるいはその記述内容を指してプロジェクト2025と呼んでいる。保守主義者による勝手連的な政策集であるものの、第2次トランプ政権運営において大きな影響力を持つとみられている。
このレポートではプロジェクト2025が気候変動にどのようなスタンスで臨もうとしているのか概要を確認した。エネルギーや環境など特定の分野に限定されることなく、多数の保守主義者がそれぞれの執筆領域(専門分野)で気候変動対策の排除を主張していることが伺える。
第2次トランプ政権が終了しても保守主義者がいなくなるわけではない。民主党が党勢を挽回しない限り、プロジェクト2025の気候変動へのスタンスが米国で今後8年あるいは12年継続することもありえる。その可能性を念頭に置いた上で、わが国の気候変動対策も考えていくことが求められよう。
■目次
1――はじめに(プロジェクト2025とは)
2――プロジェクト2025の構成
3――プロジェクト2025の気候変動へのスタンス
4――おわりに(一過性と言えるか)米国の保守系シンクタンクであるヘリテージ財団が主導する大統領移行計画プロジェクト2025は、2023年4月、包括的な政策ガイドブックとして”Mandate for Leadership1: The Conservative Promise”(リーダーシップの指針:保守主義の約束、以下、同書)を公表した。
本来のプロジェクト2025は保守人材育成プログラムなどを含むイニシアティブであるが、一般にマスメディアがプロジェクト2025と称するときは同書あるいはその記述内容を指すことが通例であるため、このレポートではその趣旨でも用いることとする。
プロジェクト2025は特定の候補者を支援する意図ではなく、保守主義あるいは共和党の候補者が大統領選に勝利した場合、就任後の政権運営で採用されることを想定したものである。建前としては保守主義者の勝手連的な政策集であり、昨年の大統領選で勝利したトランプ氏も自身との関連を否定してきた。
しかしそれを額面通り捉える向きは少ない。トランプ氏に近い人物の多くがプロジェクト2025の執筆者・協力者として名を連ねているためだ。その中から第2次トランプ政権の高位役職への起用2が進みつつあること、低位役職にはプロジェクト2025のデータベースから保守主義者が充てられていることが報じられている。書かれた政策のすべてが実行されることはないだろうが、第2次トランプ政権運営において大きな影響力を持つことに疑いはない。
このレポートではプロジェクト2025が気候変動にどのようなスタンスで臨もうとしているのかを確認していく。
尚、自由の国として誕生した米国においては、個人主義的かつ自由放任主義的な思想が保守主義と呼ばれるようになった。よって経済活動を規制せんとする気候変動対策は保守主義との親和性が本質的に低いことを念頭に置いていただきたい。
1 ヘリテージ財団がMandate for Leadershipを初めて作成したのは1980年、共和党レーガン政権に向けてであった。レーガン大統領(当時)は最初の閣議で全員にそのコピーを配布したと伝わる。
2 2.米国大統領行政府を執筆したRuss Vought氏が予算管理局長に、28.連邦通信委員会を執筆したBrendan Carr氏が同委員会の委員長に就任予定。協力者からはTom Homan氏が国境管理責任者、John Ratcliffe氏がCIA長官など。
900頁近くに及ぶプロジェクト2025は5つのセクションと30の小項目によって構成されている。序文はKevin D. Roberts氏、共同編集はPaul Dans氏とSteven Groves氏によるものの、小項目(一部は小項目内の内容)ごとに執筆者名が明記されている。序文に書かれている通り、それぞれの主張が全員によって共有あるいは賛同されているわけではない。
尚、小項目に付された【】内の数字はclimate change(気候変動)の登場回数である。
1.ホワイトハウス事務局 - Rick Dearborn
2.米国大統領行政府 - Russ Vought 【2】
3.中央人事機関: 官僚組織の管理 - Donald Devine, Dennis Dean Kirk, and Paul Dans
セクション 2: 共同防衛 【1】
4.国防総省 - Christopher Miller 【1】
5.国土安全保障省 - Ken Cuccinelli
6.国 務 省 - Kiron K. Skinner 【1】
7.情報機関 - Dustin J. Carmack
8.メディア機関
・米国グローバルメディア局 - Mora Namdar
・米国公共放送社 - Mike Gonzalez
9.国際開発庁 - Max Primorac 【4】
セクション 3: 一般福祉 【1】
10.農 務 省 - Daren Bakst 【8】
11.教 育 省 - Lindsey M. Burke
12.エネルギー省および関連委員会 - Bernard L. McNamee 【12】
13.環境保護局 - Mandy M. Gunasekara 【3】
14.保健福祉省 - Roger Severino 【1】
15.住宅都市開発省 - Benjamin S. Carson, Sr., MD 【1】
16.内 務 省 - William Perry Pendley 【1】
17.司 法 省 - Gene Hamilton
18.労働省および関連機関 - Jonathan Berry 【2】
19.運 輸 省 - Diana Furchtgott-Roth
20.退役軍人省 - Brooks D. Tucker
セクション 4: 経 済 【2】
21.商 務 省 - Thomas F. Gilman 【2】
22.財 務 省 - William L. Walton, Stephen Moore, and David R. Burton 【7】
23.輸出入銀行
・輸出入銀行は廃止すべき - Veronique de Rugy
・輸出入銀行の必要性 - Jennifer Hazelton
24.連邦準備制度理事会 - Paul Winfree
25.中小企業庁 - Karen Kerrigan
26.貿 易
・公正な貿易の主張 - Peter Navarro
・自由な貿易の主張 - Kent Lassman 【1】
セクション 5: 独立規制機関 【1】
27.金融規制機関
・証券取引委員会および関連機関 - David R. Burton 【1】
・消費者金融保護局 - Robert Bostrom
28.連邦通信委員会 - Brendan Carr
29.連邦選挙委員会 - Hans A. von Spakovsky
30.連邦取引委員会 - Adam Candeub
大統領就任後に詳細として何がありえるかを探るため、プロジェクト2025のうちclimate change(気候変動)が登場した箇所を中心に、主なスタンスを見てきたい。
1)国家安全保障会議は軍隊における昇進に際し、軍務の中核的役割や責任を優先し、社会工学や防衛に関係のない事項によってはならないとしつつ、その筆頭例として気候変動を挙げている。
2)バイデン政権の極端な気候変動対策が新興国を苦しめていると指摘した上で、海外援助プログラムからパリ協定を推進するための気候変動対策を撤回する。
3)農業では食料の生産性と入手しやすさが第一であり気候変動のような付随的問題を優先させない。国連などによる持続可能な発展スキームから米国の食糧生産を切り離す。
4)新たなエネルギー危機が資源の不足ではなく、気候変動とESGによって生まれており、庶民のエネルギーコストを引き上げていると非難した上で、
・連邦エネルギー管理プログラムは気候変動のためにコストが高く信頼性の低いエネルギー資源に頼るべきではない。
・気候変動対策とグリーン補助金への注力を終わらせる。
・気候変動のような漠然たる「社会の利益」を進めるためのコスト投入を正当化しない。
・気候変動のような環境問題が液化天然ガス計画を止める理由にはならない。
5)気候変動の恐怖を煽ることで非効率で自由を奪う規制を押し付け、私有財産権を抑圧し、多大なコストを求めてきたと非難した上で、温室効果ガス報告プログラムから中小企業などを除外し負荷を軽減する。
6)気候変動対策を廃止し予算請求から除外する。
7)温室効果ガス排出抑制に注力してきたESG要素をエリサ法4から排除する。これまで石油・ガス業界への投資が抑制され、生産量の減少に繋がっていたためだ。
8)海洋大気研究所のうち気候変動に関する研究組織の大部分は解散すべきである。
9)バイデン政権において財務省はトップ5の優先事項に気候変動を位置付け「気候ハブ」という新組織を作った。新政権はこれを廃止し、米国の繁栄に反する国連気候変動枠組条約とパリ協定から脱退すべきである。
10)証券取引委員会が、投資家の経済的リスクにもリターンにも影響を及ぼさない社会的、イデオロギー的、政治的または人的資本に関する情報開示を発行者に要求することを禁止する。提案中の気候変動に関する規則は、上場企業のコストを4倍に引き上げるもので特に問題である。
3 トランプ大統領(当時)が離脱を表明したのは2017年6月だが、国連の規定により公式の離脱は2020年11月であった。再加盟は自由であり、バイデン大統領は2021年1月の就任日に再加盟を発表し、同年2月19日に米国の正式復帰が認められた。
4 Employee Retirement Income Security Act(従業員退職所得保障法)の略称。同法は退職給付制度の受託者責任を定めているが、2023年1月、バイデン政権は受託者責任においてESG要素の考慮を認める規則を施行した。前トランプ政権時代に金銭的要素のみを考慮するよう求める規則が定められていたことを受けてのもの。
いよいよ1月20日より第2次トランプ政権が発足する。米国の憲法は大統領の3選を禁じており、また、トランプ氏の年齢(大統領就任時に78歳)からしても3選は想定しがたい。たとえ気候変動に否定的な政策が進んだとしてもあくまで2025年から4年間だけ、という割り切った見方もあろう。
しかしトランプ氏が去っても保守主義者がいなくなるわけではない。
他方、4年後に民主党が大統領職を奪還できるだろうか。昨年の大統領選には様々な分析があるだろうが、トランプ氏が強かったというより民主党が弱過ぎたという側面5は否定できない。候補者であったハリス副大統領個人の資質を問うよりも、むしろ民主党が「庶民とは関係のないセレブの皆さま」になりつつあることを指摘する声も大きい。かつてのオバマ氏のようなニューヒーローの登場など民主党が党勢を挽回しない限り、トランプ氏でなくとも共和党の候補が勝利を続ける可能性は十分にある。
即ち、プロジェクト2025で述べられた気候変動へのスタンスが、米国でこれから8年さらには12年続くこともありえる。その可能性を念頭に置いた上で、わが国の気候変動対策も考えていくことが求められよう。
5 CNNによれば、全米得票数でトランプ氏が約7,730万票と前回(2020年)選挙時より約307万票上乗せした一方、ハリス副大統領は約7,502万票と前回(2020年)選挙時のバイデン大統領得票数から約627万票減少させた。尚、トランプ氏は代議員数で勝利を得た前々回(2016年)選挙時でさえ、全米得票数では民主党のヒラリー・クリントン氏より少なく、民主党候補を上回ったのは今回選挙が初めてとなる。