朝ドラ『あんぱん』好評の理由は“過程”の描写にあり “モデル”がいるからこその物語の強度

2025/04/12 05:30

『あんぱん』写真提供=NHK NHK連続テレビ小説『あんぱん』第1週「人間なんてさみしいね」に続いて、第2週のサブタイトルは「フシアワセさん今日は」(演出:橋爪紳一朗)。「さみしい」「フシアワセ」とネガティワードが続く。だが第1週のおわりに続いて、第2週もあんぱんがフシアワセに取り込まれそうになった人たちを救った。
『あんぱん』写真提供=NHK

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』第1週「人間なんてさみしいね」に続いて、第2週のサブタイトルは「フシアワセさん今日は」(演出:橋爪紳一朗)。「さみしい」「フシアワセ」とネガティワードが続く。だが第1週のおわりに続いて、第2週もあんぱんがフシアワセに取り込まれそうになった人たちを救った。

 父・結太郎(加瀬亮)を失ったのぶ(今田美桜)も、母に捨てられた嵩(木村優来)も、あんぱんを食べて前を向く。まさに「正義は逆転する。じゃあ、決して引っくり返らない正義ってなんだろう。 おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」なのだ。

 大事な働き手・結太郎が亡くなって、朝田家の家計は風前のともしび。なにしろ毎月入ってきた給金がこれからは入らなくなるのだから。と、ここで保険金とか貯金とか遺産はないのだろうかと生々しいことを考えてはいけない。ここは童話と考えて観るのが吉である。ついでにいえば、嵩が母・登美子(松嶋菜々子)の住む高知市内に歩いて会いに行く距離もリアルに考えてはいけない。

 話を戻して。のぶがあんぱんを作って売ろうと思いつき、ヤムおんちゃんこと屋村(阿部サダヲ)に頼み込む。それをきっかけに羽多子(江口のりこ)はパン屋をやろうと考える。屋村は朝田家が石材店であることを生かし、まずその石を使って窯を作る。それから小麦粉から生地を作ってパンを作る。そこまでの過程が丁寧に描かれていて、これには大人の視聴者も子どもの視聴者も見入ってしまったことだろう。

 ゼロからものができていく過程はしあわせな気持ちになる。我々がドラマを観ていて、過程の描写に期待するのは、何も作り方の理屈が見たいわけではない。何もないところからものが出来上がっていくことに希望を感じるからなのだ。コスパを求める時代、過程描写は手間がかかるから省略されがちだが、そこをなくしてしまったらエンターテインメントは滅びてしまうと筆者は考える。はじまったばかりの『あんぱん』が好評なのはその過程を略さなかったからであろう。

 そして、略さないのは、やはりモデルがいるからだろう。やなせたかしという作家をモデルにした物語を描くにあたり、彼の行いや考えをおろそかにしてはならない。そんなリスペクト精神があんぱん作りを窯から作るところから描くことにつながるのだと思う。

 オリジナルストーリーと原作やモデルありのストーリーの強度の差は、モデルや原作が抑止力になるということなのだ。オリジナルだと、つい状況を鑑みて自分の想像を抑えることができてしまうが、モデルや原作の強い意志は容易に略すことはできないものだ。

 『あんぱん』のストーリーに流れる、「正義は逆転する。じゃあ、決して引っくり返らない正義ってなんだろう。 おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」はもちろん、ものづくりの心は、やなせたかしの心を大切にしようという思いの現れなのだと思う。

 今回、脚本を書いている中園ミホは、子どもの頃、やなせたかしと文通していたことを明かしている。

「私が子どもの頃、会うと必ず『お腹空いてない?』と聞かれたことを覚えています。それはきっと戦地で、餓死寸前まで追いつめられた体験から来ているお言葉だったんでしょうね。お手紙でも、いつも私の家庭のことまで心配してくださって。本当にやさしい方でしたね」(※)

 こんな思い出を持っている中園だからこそ、母に捨てられしょんぼりした嵩に、羽多子があんぱんを差し出す物語を描く。しかもさらにのぶが水筒の水を差し出すのだ。飲まず食わずで歩いて帰ってきた嵩にあんぱんだけを手渡すのではなく、ちゃんとお水も添える。思いやりってこういうことだと思う。

 道徳くさすぎても鼻白むが、大事なのは塩梅である。さりげなく水を差し出すことを描くことで、観ている人の潜在意識にこの行為が植え付けられるだろう。例えば子どもがこの番組を観ていて、なにかのときに水も用意しようとぱっと思いつくかもしれない。みんな知っていることだから、当たり前のことだからと略すのではなく、当たり前のことこそ大切に宝物のように伝え続けること。基本。土台。迷ったときに戻る場所。それはおろそかにしてはいけない。やなせたかしの精神を大切に手のひらに乗せて次の世代に託す。そんな思いが画面からにじみ出ている気がした。

 それはまるで、屋村がパンを作るときに使った、大切に抱えていた壺に入っている秘密の材料のようなものではないか。つまり、老舗のお店の秘伝のタレみたいなものである。

 さて。『アンパンマン』のオマージュがいろいろ出てきて楽しい。屋村はジャムおじさんそのものだし、第8話ではしょくぱんまんの声を演じている島本須美があんぱんを買いにきた客の役で登場し、SNSは盛り上がった。

 名前が似ているのは、羽多子(江口のりこ)はバタコさんで釜次(吉田鋼太郎)はかまめしどん。団子屋の桂万平(小倉蒼蛙)はカツドンマン? のぶはおそらくドキンちゃん……等々、『アンパンマン』のキャラを当てはめて想像する楽しさがある。筆者は結太郎にはおむすびまんを当てはめてみた。むすぶと結で、前作の朝ドラを思い出してしまうが。いろいろな国を旅して回っているのと帽子(編み笠)が特徴であること。ただ、旅してまわるのは屋村もそうで。屋村はジャムおじさんとおむすびまんのハイブリッドのようにも見える。完全に一致させるのではなく、いろいろ混ぜ合わせているのだろう。すべてがやなせたかしリスペクトにあふれている。リスペクトは清々しい。

参照
※ https://www.nhk.jp/p/anpan/ts/M9R26K3JZ3/blog/bl/pAVY30dQeR/bp/pw0N7jEKPY/

(文=木俣冬)