<前編のあらすじ>
突然の父の訃報に接した住田良子さん(仮名)は、悲しみに暮れながらも葬儀の手配や遺品整理に追われる日々を送っていた。姉の美代子さん(仮名)から「お父さんの借金、かなりの額があるみたいだよ」と告げられ、300万円もの借金があることを知る。
途方に暮れた姉妹は相続放棄を決意するが、その直後、良子さんは遺品整理中に思わぬ発見をする。使われていない銀行通帳に50万円もの預金が残されていたのだ。「え? こんなに残ってるのか……」と驚きの声を上げた良子さんは、葬儀費用や今後の整理費用のことを考え、「このくらいの額なら」と軽い気持ちで預金を引き出してしまう。
●前編:【「葬儀にもお金がかかるし」亡き父の通帳を見つけた娘が“まさかの行動”に…甘すぎる考えが招いた「人生最大の過ち」】
住田姉妹が知らなかった相続放棄における盲点
相続放棄をすれば、個人の相続人としての地位を捨てることでプラスの財産を一切受け取れない代わりに、借金などマイナスの財産を受け継がなくても済む。
見落としがちだが相続の対象には借金も含まれる。仮に相続財産50万円、借金が200万円という場合で明らかに相続することがマイナスとなる場合であっても、基本的には相続放棄しない限りは借金を背負うことになる。
相続放棄をするのであれば、財産に一切手をつけずに、家庭裁判所に申し立てを行う必要がある。一度でも財産に手を付けてしまえば、その相続においては相続放棄が不可能となる。
この「財産に手を付ける」というのがまた厄介で、銀行口座ならお金を引き出す行為は「手を付けた」ものとみなされる。たとえそれが葬儀や故人の身辺整理のためであってもだ。
つまり、良子さんは一人で50万円の財産と300万円の借金を背負うことになってしまったのだ。
「相続財産に手をつけることは…」覆らない家庭裁判所の判断
良子さんは慌てて美代子さんとともに家庭裁判所に相談する。どうにか今からでも相続放棄をできないか姉妹で画策したようだ。
しかし、担当者の答えはNOだった。「葬儀費用に必要でして……」とちょっとした出来心であると同時に、こうなるとは知らなかったと情に訴えかけるも、担当者の解答は変わらず。
繰り返しになるが銀行口座でお金の引き出しをした履歴が残ってしまっている以上、もうどうしようもないのだ。
その足で銀行にも向かい、相談をしてみるが取り付く島もなく、事態は好転しない。
「相続財産に手をつけることは、財産を受け入れたとみなされます。これは法律で決められており、一度単純承認をしたと判断されると、相続放棄の申し立ては認められません」
家庭裁判所の担当者が言った上記の言葉は今でも姉妹の心に強く残っているという。
住田姉妹からの相談
住田姉妹が家庭裁判所と銀行で相談を行った翌日、彼女らはそろって私の事務所へ相談に来た。何を隠そう、二人の父親の事業を私はサポートしていた。そのつながりから姉妹とは面識があり、過去に良子さんの金銭トラブルを内容証明郵便の送付で解決した実績もある。
姉妹はそれを思い出し、今回私を頼ってきたようだ。美代子さんが良子さんに代わって言う。
「妹がお金を引き出しちゃったこと、内容証明郵便を送って取り消しできませんか?」
残念だがそれはできない。内容証明自体には起こった出来事を取り消したり、書いたことが事実になったりするわけではない。
私は彼女らに伝える。
「もし、これが契約であれば取り消したりする内容で書いたり、事実無根であれば、その旨を伝える内容証明を作成できますが、これらに当てはまらず無理です……」
私はなるべく彼女たちが納得できるであろう言い回しを選んで慎重に答えた。
それからもいくつか質問が来て最終的に美代子さんから「ダメでもいいから銀行宛てになかったことにならないか送れないのか」と言われたが、無理だときっぱり断った。
そんなことをしても意味がないからだ。
良子さんはどうすればよかったのか
では、良子さんはどうすべきだったのだろうか。答えは簡単だ、相続放棄という制度についてきちんと知るべきだったのだ。
そうすれば、相続財産に手を付けてはいけないことはすぐに分かり、出来心であってもお金を引き出すことはなかっただろう。
仮に自ら学ぶことは難しかったとしても、早めに専門家なり家庭裁判所なりに相談すべきだったのだ。
相続に関するルールは複雑かつ厳格だ。「知らなかった」「そんなつもりはなかった」という言い訳は一切聞き入れてもらえない。
まずは速やかに調べる。不安であったり分からなかったりすれば専門家などへ相談するべきだ。結論が出るまでは下手に触れない。これが鉄則だ。
その後の良子さんと美代子さんは…
良子さんと美代子さんは300万円の借金を数年かけて無事返済したようだ。単純相続していない美代子さんは一人だけ相続放棄できるのだが、妹の良子さんを気遣って相続放棄しなかったようだ。
姉妹はあの日の失敗を今でも悔いているようで、単純相続にならないよう、必要な手続きの順番を書いた指示書のようなものを作成して遺言書と一緒に保管しているという。
相続放棄は一度でも、一部でも財産に触れてしまうとできなくなってしまう。万が一のことが起こらないように、故人の財産については相続をするかどうか、負債含めた全体の調査が終わるまで手を付けてはいけない。
人生は思いもよらないことがある。「大丈夫だろう」その甘さは絶望に代わる。今日も日本のどこかで住田姉妹のように相続放棄ができず困る人たちがいるのだろう。
そうならないためにも相続においては慎重な対応をしていくべきなのだ。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
柘植 輝/行政書士・FP
行政書士とFPをメインに企業の経営改善など幅広く活動を行う。得意分野は相続や契約といった民亊法務関連。20歳で行政書士に合格し、若干30代の若さながら10年以上のキャリアがあり、若い感性と十分な経験からくるアドバイスは多方面から支持を集めている。