
漫画アプリや動画配信サービスにより、漫画・アニメなどの日本のコンテンツ産業の海外展開がさらに活気づいている中、政府が再び「クールジャパン」に動き出した。今度こそ成功に導けるのか、業界関係者の期待と懸念が交錯している。
4月10日、石破茂首相が総理大臣官邸で、アニメ監督の庵野秀明氏や映画監督の是枝裕和氏ら映画戦略企画委員会の有識者メンバーと意見交換を行なった。会合冒頭、石破首相はコンテンツ産業について「半導体を超えるような大きな産業となりつつある」とし、「政府としてどのようにサポートし世界に発信していくかは極めて重要な課題だ」と述べ、海外展開に向け支援策を強化していく考えを示した。
内閣府は2024年6月、「新たなクールジャパン戦略」を発表。2022年時点で4.7兆円ある日本のコンテンツ産業の海外市場規模を、2033年にその約4倍にあたる20兆円にすると目標を掲げている。
具体的にどのような支援が行われるのかが重要となるが、漫画業界をビジネス視点で解説した『漫画ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の著書で一般社団法人MANGA総合研究所の所長を務める菊池健氏は、「これまでのクールジャパン戦略とは、関わる人物が大きく違う点がまず評価できる」と期待を寄せる。詳しく話を聞いた。
「十数年前は、エンタメ振興に関わる議員や事務局に漫画やアニメに詳しい人がまるでいなかった。そのため、私が窓口になり、京都国際マンガ・アニメフェアやコミックマーケット、それに秋葉原などの街を案内し、どういった現状なのかレクチャーを行いました。ただ、今はその状況が大きく変わり、主体を務めるのは100人を超える議員が集まる超党派のMANGA議連。もともとコンテンツ産業に力を入れていた山田太郎議員が活動していたところに、漫画家でもある赤松健議員が加わり、さらに専門家として漫画家協会のちばてつやさんや森川ジョージさんらが呼ばれた。実務を行う漫画の現場からの意見が通る環境ができたということで、そのあたりは大きく期待できます」(菊池氏)
10日の総理大臣官邸で開かれた会合では、是枝監督が記者の質問に答える形で、石破総理大臣から「サポートはするがコンテンツの内容には口を出さない」という話があったと説明。「民と官の緊張感を持ったサポート体制を確認できた」としているが、こうした政府の姿勢について菊池氏は、「ピントの外れた政策が行われにくくなっていくのではと考えられます」と評価する。
■海賊版対策と翻訳問題
コロナ禍ではアニメ『鬼滅の刃』のヒットを機に、吾峠呼世晴氏の同名原作漫画の累計発行部数が急増した。また遠藤達哉氏の『SPY×FAMILY』はアニメ化されるより以前から集英社の海外向けアプリ『MANGA Plus』でヒットし、外薗健氏の『カグラバチ』は連載デビュー作ながら1話目から同アプリのランキング上位に名を連ねた。海外での日本の漫画の需要は増えており、それは「アニメの原作」としてだけではない。日本から生まれる漫画をいち早く読もうと、世界中の読者の注目が集まっている。
「海外市場で成功するために克服するべき課題や障壁は当然ありますが、キモとなるのは海賊版対策と翻訳の問題。前者は政府の支援に大きく期待したいポイントですが、作品数が増えた今、翻訳はコストも時間もかかる大きな問題となっています。ではAI翻訳を頼ればいいという簡単な問題ではなく、“面白く翻訳できるか”、”そのままのニュアンスで翻訳できるか”が海外のファンからは求められています」(菊池氏、以下同)
たとえば、岸本斉史氏の漫画『NARUTO-ナルト-』の主人公・うずまきナルトは、「だってばよ」という独特の語尾をつけて喋るが、同作だけでなくこうした日本語独特のセリフを使用するキャラクターは漫画には珍しくない。キャラの個性を象徴するセリフや技名の翻訳は、ひとつひとつ翻訳家が国に合わせて対応しているのが現状だ。
「セリフについてはなるべくオリジナルのニュアンスで読みたい、知りたいという海外のファンは多い。たとえば2023年に『ONE PIECE』がNetflixでドラマ化された際、日本での配信版では田中真弓さんなどのアニメ版の声優が俳優に合わせて”吹き替え”を担当したのですが、海外のファンの中には逆に日本語吹き替え版を見て字幕でセリフを読む、といった人も多かった。海外の俳優が演じる実写ドラマなのにです。それだけアニメ・漫画ファンはオリジナルの要素を魅力に感じているということで、AI翻訳に大量生産を任せられない理由でもあります」
出版不況と言われて久しいが、政府による今回の支援強化は、日本の漫画産業にも新たな成長の可能性をもたらすものだろう。菊池氏も「海外市場での成功が国内のクリエイターや出版社に利益を還元し、さらなる作品の質向上を促すはず」と前向きに評価する。漫画が世界中の注目を浴びる今、背中を押す政策に期待したいところだ。
(山内晋太郎)