
全16話が4回に分けて配信され、3月28日に最終回を迎えたNetflixオリジナルシリーズ『おつかれさま』。
IUとパク・ボゴムの共演、『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』のキム・ウォンソク監督と『椿の花咲く頃』の脚本家イム・サンチュンのタッグということで、配信前から大きな期待が寄せられていたが、それ以上の成功を得たといえるだろう。
Netflixでは世界各国で1位を獲得。4週間の配信中は、昨今のドラマ人気のバロメーターでもある韓国の話題性ランキングで常に圧倒的1位だった。各評価サイトでも評価が高く、IMDbでは韓国ドラマでほぼ例を見ない高得点の9.3(2025年4月時点)。5月5日に開催される韓国のゴールデングローブ賞ともいわれる「百想芸術大賞」では、最多8部門にノミネートされ、早くも韓国ドラマ界隈では「2025年の最高傑作」との呼び声も高い。
本作はいわば、人生を懸命に生き、家族のために闘ってきた市井の人々の記録である。
舞台となるのは、1960年代から2020年代の韓国(主に済州島)。過去と現在を行き来しながら、IU演じる海女の娘として生まれたエスンを中心に家族の物語が紡がれていくが、韓国ドラマにありがちな財閥家や権力者、特別な能力をもった人物は登場しない。
この市井の人が主人公であるということが、ドラマの重要な肝になっている。映画『国際市場で逢いましょう』やドラマ『財閥家の末息子~Reborn Rich~』のように、本作も韓国の激動の現代史が背景に描かれるが、そうした韓国の大きな流れとは関係なく生きる(でも時にはどうしようもなく影響されてしまう)普通の人々の物語が、笑いと涙を交えながら切々と綴られていくのだ。誰が観てもどこかに共感ポイントがあることが、大ヒットした要因のひとつだろう。
今を輝く俳優陣も、期待に違わぬ活躍を見せてくれた。主演のIUは、一人二役を引き受けた。気は強いがどこか乙女チックな若かりしエスンと、わがままな現代っ子だが優しく涙もろいエスンの娘クムミョンを、見事に演じ分けた。エスンが命を落とした末息子をいつまでも抱きしめて離さないシーンや、「バックして戻ってこい」と娘の最後の砦となる父グァンシクとクムミョンの心温まるシーンに、涙した人も多かったはず。
パク・ボゴムは、そんなIU演じるエスンを一途に想い続けやがて夫となる鮮魚店の息子グァンシク役を務めた。純情男子をよく演じてきたパク・ボゴムだが、今回のような地味で頑なな“鉄のように強い男”は、これまでにない役柄だ。顔から足首までダークなファンデーションを塗り、体重を4~5kg増量して挑んだという。登場シーンは意外に少なかったが、エスンとの初恋シーン、釜山への駆け落ちシーン、初の父性愛を見せるシーンなど、見せ場が多かった。
2人の中年期を演じた、韓国映画界を牽引してきたムン・ソリと実力派俳優のパク・ヘジュンの功績も大きい。IU色のエスンをしっかり引き継ぎながら自分の色で昇華させたムン・ソリ、『夫婦の世界』での最悪な夫役とはまったく違う哀愁ある背中を見せたパク・ヘジュンのさすがの存在感にしびれた。IUやパク・ボゴムに注目が集まりがちだが、個人的にはこの2人の演技がドラマにさらなる深みを与えていたように思う。
脇役陣の好演も光ったが、なかでもその名を挙げておきたいのは、クムミョンの彼氏ヨンボムを演じたイ・ジュニョンとのちにクムミョンの夫となるチュンソプを演じたキム・ソンホだ。この2人の登場シーンは名場面も多かった。なかでもチュンソプがクムミョンの乗るバスを全力で追いかける再会シーンは、これからも語り継がれるだろう。イ・ジュニョンとキム・ソンホは主演俳優でもあるが、脇役を務めた本作も代表作のひとつとして記憶されそうだ。
本作は、エスンとグァンシクの家族ヒストリーとともに、ヨム・ヘラン演じるエスンの母グァンネから始まる母と娘の物語も重要なテーマとなっていた。「女より牛に生まれたほうがマシ」と言われる時代を生きたグァンネ。大学に行って詩人になりたかったのに結局20代を台所で過ごしたエスン。娘には、そんな人に酷使されるような人生を送らせたくない……。単なる親子愛ではなく、母が娘に託す願いや娘から母になる姿を通して、その時代の女性の感覚とともに彼女たちが繰り広げる小さな闘いが描かれていった。
そうしたことが、女性のみの闘いではなく、エスン&グァンシク家族の社会へのささやかな抵抗として描かれていくのも本作の特徴だった。パク・ボゴム演じるグァンシクが、えんどう豆をわけてあげるために、振り返って娘のいる食卓に座り直すシーンは、その象徴でもあった。家父長制が今よりずっと強かった当時の韓国の南の島の片隅で、男性がこのような行動をとるのは、おそらく容易なことではない。
一見、大したことに見えないひとり一人の小さな革命が、世の中を少しずついい方向に変えていくのかもしれないと、さまざまな場面に自分の人生を照らし合わせ、希望を感じた視聴者も多かっただろう。
親子や家族の物語が色濃く映し出されていく本作だが、最後はその枠組みを超えて放たれていくように描かれていることも印象に残った。エスンの詩人になる夢が、思いも寄らない形である人の心に届き実現する(ここでエスンの母親役のヨム・ヘランが一人二役で登場するのも心憎い!)。脚本家イム・サンチュンの前作『椿の花咲く頃』のラストの落とし方にも少し似ている。人生を誠実に生きた人は、報われる世界でなければならないのだ。
ドラマの英語タイトルは、『When Life Gives You Tangerines』。「When life gives you lemons」(人生につらいことがあるとき)という慣用句があるが、“lemons”(レモン)の部分を済州島の特産品である“Tangerines”(ミカン)に変えたという粋なタイトルだ。
だが、済州島の方言である原題『폭싹 속았수』を直訳した邦題『おつかれさま』のほうがしっくりくる。観ている最中も心の中で何度つぶやいたかわからないが、視聴後は心から「おつかれさま」とすべてに対して労いの言葉を贈りたくなる、そんな作品である。
(文=高山和佳)