
NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あんぱん』は、『アンパンマン』の作者として知られるやなせたかしとその妻・小松暢をモデルとした夫婦の物語だ。
物語は第1~2週にわたって描かれた子ども時代が終り、ヒロインの朝田のぶを演じる今田美桜がいよいよ登場。
のぶは「これぞ、朝ドラヒロイン!」と言いたくなりような明るい女性で、今田美桜の芝居もキラキラしていて笑顔が眩しい。彼女が嬉しそうに走っている姿を繰り返し描くことで、のぶが思い立ったらすぐに行動する能動的なヒロインであることを印象付けている。与えられた役柄に応じて演技の方向性を大胆に変える思い切りの良さが今田の魅力で、『あんぱん』ではド真ん中に立って太陽のような存在感を見せている。
そして、彼女が朝ドラヒロインを正面から引き受けていることによって、しっかり者で全体を見て冷静に行動する次女の蘭子役・河合優実の静かな佇まいが対比として際立っており、ふとした場面でみせる表情がとても印象に残る。対して三女のメイコを演じる原菜乃華は、天真爛漫でマイペースな姿が、のぶとは違う愛嬌となっている。
蘭子とメイコの心情が深く掘り下げられるのは、まだまだこれからだが、現時点でとても魅力的に映っているのは、各キャラクターの個性がはっきりとしていて、純度の高い存在感を見せているからだろう。
のぶの母・羽多子(江口のりこ)や祖父の釜次(吉田鋼太郎)も同様で、シンプルで力強い朝ドラらしい物語の上で、はっきりとしたわかりやすい特徴を持ったキャラクターを複数走らせることによって、作品のカラーを明確にしている。
これこそ、やなせたかしが『アンパンマン』で提示した世界観だが、同時に脚本を担当する中園ミホのもっとも得意とする作劇手法だと言えるだろう。
中園は1980年代末から活動しているベテラン脚本家で『ハケンの品格』(日本テレビ系)や『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)といったヒットドラマを多数手掛けている。
どちらの作品も女性が主人公のハードボイルドお仕事ドラマとでも言うような内容だ。特別な技能を持つ大人の女性が、腕一本で男社会に立ち向かっていく姿を、シンプルで力強い物語に落とし込む作劇を得意としている。
『あんぱん』の第3週でも、男性しか参加することが許されないパン食い競争に1位の懸賞であるラジオが欲しいのぶが参加し、1位をかっさらう場面が痛快に描かれた。結局、のぶは女性であることが原因で失格になるが、パン食い競争に参加したことをきっかけに、自分が教師になりたいことを自覚し、進学することを決意する。
このパン食い競争の場面で、女性が参加できず、参加してもズルをする男性たちに競争を阻害されるという場面は、理不尽な男社会の壁を個人の力で突き抜けようとするヒロインを描き続けてきた朝ドラの王道と言える展開だった。
このようにキャラクターと物語を研ぎ澄まして純化させることによって語るべきテーマをはっきりさせているのが『あんぱん』の魅力である。そうでありながら、ドラマ全体にはいい意味で「揺らぎ」があり、想像を超えた展開が起きるのが中園脚本の油断ならないところだ。
今回の『あんぱん』では、柳井嵩(北村巧海)の母・登美子(松嶋菜々子)が予測不能な動きを見せている。
彼女は嵩を柳井家に預けて再婚し、嵩が会いにきても、親戚の子だと言って拒絶した。それなのに今は離婚して柳井家に戻ってきており、嵩たちといっしょに暮らしている。何を考えているのかわからない登美子の行動に、嵩は毎回翻弄されるのだが、母親ゆえに完全に憎むことはできない。
本作の登場人物は『アンパンマン』のキャラクターが下敷きとなっているようで、朝田家の三姉妹の着物の色(イメージカラー)から、のぶがドキンちゃん、蘭子がロールパンナ、メイコがメロンパンナではないかという考察が盛り上がっている。
その観点から言うと紫の着物を来ている登美子はアンパンマンのライバル・ばいきんまんということになりそうだが、母親が悪役だとしたら、実に大胆な解釈である。
松嶋菜々子は、中園ミホの代表作の恋愛ドラマ『やまとなでしこ』(フジテレビ系)で「心よりもお金が大事」だと言って、玉の輿にのるために合コンを繰り返す主人公の神野桜子を演じていた。桜子は女の武器を自覚的に使用するしたたかな女に見えるが、幼少期の極貧生活がトラウマとなり「お金を求めている」という屈折した内面を抱えていた。
『あんぱん』の登美子は桜子と重なる部分が多く、登場人物の中でもっとも複雑な内面を抱えており、得体の知れない存在感がにじみ出ている。
嵩にとって登美子は、男を破滅にいざなうファム・ファタール(運命の女)とでも言うべき存在だが、それが美しい母親というのが不穏で、だからこそ、のぶにとって最強の敵だとも言える。そんな登美子を中園ミホがどう描くのか楽しみである。
(文=成馬零一)