「当日、パンパンだったらみっともないわよ」ハレの日のドレスを選ぶ嫁を腐す美魔女姑を黙らせた夫の“一撃”

2025/04/24 21:00

<前編のあらすじ> 春美はマッチングアプリで出会った雅史と婚約関係になった。雅史の家族は一言で言えば「エリート一家」である。父は経営者、姉は海外で活躍する弁護士。兄は大手出版社勤めで、今は専業主婦である母も若かりし頃はファッションデザイナーとして活躍していた。 遂にはじめてのあいさつとなる日。春美を待ち構えていた、

<前編のあらすじ>

春美はマッチングアプリで出会った雅史と婚約関係になった。雅史の家族は一言で言えば「エリート一家」である。父は経営者、姉は海外で活躍する弁護士。兄は大手出版社勤めで、今は専業主婦である母も若かりし頃はファッションデザイナーとして活躍していた。

遂にはじめてのあいさつとなる日。春美を待ち構えていた、雅史の母・芙美子は早々に春美の体形をあざけるような言葉を投げかけるのだった。

前編:マッチングアプリで出会った“エリート一家育ち”婚約者の美魔女な姑が初挨拶で投げかけた強烈な一言

やるしかない

あの日、雅史の実家から帰ったあと、春美は自分の姿をまじまじと鏡で見た。自信のないウエストラインを隠すために選んだ腰回りの緩いワンピース。髪も、束ねただけの簡単なスタイルだった。華奢で洗練された芙美子の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。

「……やるしかない」

春美は、小さくつぶやいた。

このままでは、雅史の家族に受け入れてもらえないかもしれない。結婚式の写真だって、一生残る。雅史と不釣り合いだと一生笑われてしまう。そんなみじめな未来を思うと、胸がきゅっと縮まった。

翌日から、春美はダイエットを始めた。とはいえ、無理なく続けられるようにと、1日のうちの1食――主に夕飯を大豆たんぱくやオーツ麦などをバー状に固めて作られた完全栄養食に置き換えるというもの。

「これ1本で1食分あたりに必要な栄養素が補える」という謳い文句に飛びついて、気がつけばまとめ買いしていた。1食あたり500円は2人分の自炊に比べれば割高かもしれないが、これから一生付き合っていくことになる芙美子との関係が少しでもよくなるならば安いものだった。

ダイエット初日の夕食。春美は用意していた栄養食を手に、リビングへ向かった。テーブルには、雅史が作ったスパゲッティの香りが広がっている。

「春美も食べるでしょ? クリームパスタ」

彼は優しい声でそう言ったけれど、春美は首を振った。

「ううん、今日から私、これだから」

栄養食のパッケージを見せると、雅史は一瞬、言葉を飲み込んだようだった。

「……そっか、頑張ってるんだね」

その笑顔は、少しだけ引きつって見えた。

もちろん春美は胸の奥に小さな違和感を覚えたが、うなずいただけで何も言わなかった。なぜなら春美は変わらなくてはいけないのだ。雅史と、彼の家族と、胸を張って隣に並べるように。

気付いていた夫……

その日から、春美たちの生活は微妙にずれ始めた。

彼は温かいご飯を食べ、春美は乾いた栄養食を開ける。さらに、1食置き換えた程度で痩せるはずもなく、朝のジョギングと仕事帰りのジム通いで、家で一緒に過ごす時間は減った。

会話はあるけれど、どこかぎこちない。

それでも春美は、心の中で繰り返した。

大丈夫、これは幸せになるための努力なんだ、と。

鏡の前で、自分の輪郭が少しずつ変わっていくような実感を得るたびに、春美は小さな自信を積み重ねた。ただ雅史の微妙な表情だけが、心の奥に小さな棘のように残り続けた。

リビングはやけに静かだった。

珍しくテレビも消して、春美たちは向かい合っていた。窓の外では、夜の風がカーテンをふわりと揺らす。そんな中、雅史がぽつりと口を開いた。

「……やっぱり、母さんが言ったこと気にしてるよね」

春美は手の中のカップをぎゅっと握りしめた。温かいはずの紅茶が、なぜか急に冷たく感じた。

「うん、気にしないふり、してたけど……本当はすごく、気になってた」
声が震えた。

雅史の家族に認められたい。結婚を心から祝ってほしい。そのためには、春美が変わらなきゃいけないと思い詰めるようになっていた。

雅史は、少しだけ目を伏せてから、言葉を選ぶように話し始めた。

「俺さ……小さいことからずっと、母さんに見た目のこと、厳しく言われて育ったんだ」

まあそうだろうな、と思った。雅史は続けた。

「太ったらダメ。食べすぎたらダメ。服装も、髪型も、全部管理されてた。スナックもジャンクフードも、大人になるまでほとんど食べたことなかった」

雅史の声には、淡々とした中にも、長い間しまい込んできた痛みがにじんでいた。

「だから……春美が、美味しそうにご飯食べてる姿、すごく好きなんだ。癒されるっていうか、ちゃんと生きてるって感じがしてさ」

春美は、胸がぎゅっと締めつけられるのを感じた。

ずっと、気づかなかった。

雅史は、本当に言葉の通り、春美のそのままを愛してくれていたのだ。

「……春美が、無理に変わろうとするの、見るの辛いんだ。母さんが何を言おうと、俺は、今の春美のことが好きなんだよ。変わってほしいなんて、一度も思ったことない」

雅史は、まっすぐに春美を見つめた。その目に、迷いはなかった。手の中にあるカップが少しずつ温もりを取り戻していく気がした。

「ありがとう、雅史」

春美は、泣きそうになるのを堪えながら、笑った。

夫は義母に

それからしばらくして、結婚式で流すプロフィールムービー用の写真を選ぶために春美たちは再び雅史の実家を訪れた。

楽しいイベントのはずなのに、玄関を開けた瞬間、あの緊張感が体にまとわりつく。

雅史のアルバムからいくつか写真をピックアップしたあと、みんなでリビングに座ってお茶を飲んでいると、芙美子はにこやかな笑顔を浮かべながら、さっそく口を開いた。

「そう言えば、式のドレスはどうするの? 知り合いのデザイナーを紹介しましょうか?」

「ありがとうございます……でも私、着たいドレスがあって……」

春美がブライダルショップに下見に行ったときの画像を見せると、芙美子は薄く笑った。

「うーん、春美さんにこのドレスはどうかしら? 綺麗に着たいなら、あと10キロは落とさないとね。当日、パンパンだったらみっともないわよ」

あからさまな言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。思わず身体を固くしたとき、隣にいる雅史の手が、そっと春美に触れた。

「母さん、自分の考えを俺たちに押し付けないでくれ」

雅史の声が、静かに、でもはっきりと響いた。

「これからのことは、俺たちで決める。母さんのアドバイスはいらない」

「私は、何も意地悪で言ってるわけじゃない。あなたたちがよそで恥をかかないように……」

「余計なお世話だよ」

リビングの空気が、一瞬で凍りついた。芙美子が驚いた顔で雅史を見た。

「何を……」

「俺は、春美と一緒に自由に生きたい。見た目とか、周りの目とか、そんなものに縛られないで。だから、もう母さんの言葉に左右されるつもりはないよ」

言葉は決して荒くなかったが、その中に揺るぎない決意が込められていた。芙美子は何か言いたげだったが、結局何も言わずに、そっと視線をそらした。その沈黙が、雅史の言葉の重みを証明していた。

そして気が付いたこと

帰り道、手をつないで歩きながら、春美はふと思った。

この人となら、どんなことがあっても大丈夫だ、と。

春美が太っていようが、痩せていようが、失敗しようが、笑われようが、雅史は、春美の全部を受け止めてくれる。そして、春美もまた、そんな雅史を支えていきたいと思った。

「春美」

雅史が立ち止まり、春美を見つめた。

「ありがとう。春美のおかげで勇気が出た。情けない話だけど、母親に面と向かって反抗したのは初めてなんだ」

「情けなくなんかない。格好良かったよ」

「そう?」

「うん、でも次からは私が自分で言い返す。『余計なお世話ですよ』ってね」

「お、頼もしいな」

顔を見合わせて一頻り笑い合うと、春美たちは夕焼けに染まる道を再び歩き出した。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

Finasee マネーの人間ドラマ編集班

「一億総資産形成時代、選択肢の多い老後を皆様に」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。