2つの人口構造の変化
─ 超高齢社会を迎え、財源に限りがある中で社会保障をどう考えるかが課題です。
辻 まずは人口構造の変化と、その影響について述べたいと思います。人口構造の大きな変化が2つあります。1つは2010年頃から人口が減少局面に入っているのですが、この流れは少子化対策が成功したとしても100年間は続きます。そしてもう1つは「人生100年の時代」になったことです。今後は85歳以上の人口が急増していきます。
そして、いま述べた人口構造の下では現状のように1人当たりGDPは増えませんし、格差も拡大するでしょう。また、大都市圏郊外や地方は空き家だらけになる一方、人口の大都市集中が進むでしょう。大都市圏の「合計特殊出生率(15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)」は地方より低いので、日本はますます子供が生まれなくなります。
─ 大都市圏郊外も空き家が多くなるわけですね。
辻 そうです。大都市圏郊外で85歳以上人口が急増し、虚弱な人が増えることになります。現在85歳以上の方々の平均要介護認定率は60%近くです。加えて、単身世帯がどんどん増加し、施設入所等に伴い、空き家が増えていく。日本がこれから、こういう国になるということなのです。
ただ私が言いたいことは、直ちに日本が不幸な国になるのかどうかは別だということです。このような有史以来の未知の社会に向けて、我々自身の発想転換が必要だということです。私はまず、個人の自立を重視するという発想転換が必要だと思います。
─ その場合、発想転換を求める旗振り役は?
辻 自立とは上から言われてするものではないので、気が付いた人から行動しなくてはならないと思います。中でもまずは高齢者が頭を切り替えないといけない。なぜなら、人口構造が高齢者が多くて若者の少ない逆ピラミッドになり、高齢者も支える世代にならなければ社会は続かなくなるからです。高齢者は支える世代であるという認識を持つ必要があります。
─ 自らが自らを支えるという意味ですね。
辻 既に国の政策は70歳まで就労を延長する方向ですが、地域には介護をはじめ、子育てなどたくさん仕事があります。70歳以降も、それを体力に合わせてフルタイム就労でない生きがい就労でうまく補って、地域を活性化させるのです。そして大切なのは、たとえ弱っても、最期までその人らしく地域で暮らすということです。
高知県仁淀川町の事例
─ 高齢者の自立が第一歩になると言えますね。
辻 ええ。できる限り支える側に回り、たとえ弱っても、その人らしく地域社会の中で生きていることの喜びを感じられるような、人と人とのつながりのある社会をつくる必要があるということです。言葉を換えて言うと、社会保障だけでなく、自助と互助が大切になります。
─ 高齢者が元気になっている事例はありますか。
辻 あります。高知県にある仁淀川町です。直近人口は約4100人で高齢化率は57.2%。しかし、同町の高齢者がどんどん元気になっているのです。なぜなら、地元の地域住民が「老いは遅らせることができる」ことを知ったからです。
健常と要介護の中間の状態を「フレイル」と言いますが、それは病気ではないので、医師などの専門職に頼るのではなく、自身の取り組み次第で改善できることを最近になって高齢者同士で自ら学んだのです。その結果、皆で励まし合って自らが元気になって、後の世代に地域を引き継いでいくことが大事だということに気付いたのです。
─ 自分事にした?
辻 そうです。加齢に伴う虚弱とも言えるフレイルを防ぐためには「栄養」と「運動」、そして、特に「社会参加」の3つの柱が重要になります。
仁淀川町では社会参加を基本に置いて、皆で集まって体操したり、食事をする。しかも、自分がどの程度フレイルの状態になっているかどうかを測定して学ぶ「フレイルチェック」の運営を行うボランティア「フレイルサポーター」を高齢者自らが担っているのです。
─ 高齢者が高齢者のフレイルチェックをしていると。
辻 はい。実はその取り組みをきっかけに、皆で集まって運動をすれば、明らかに元気になる、しかも皆で食事をすることで、さらに効果があることを学んだ。そして今度は子供たちも呼んで一緒に食事を摂り始めるようになった。すると、仁淀川町の主要産業である柚子畑を自分の代で終わろうとしていた高齢者の人たちが一転して「孫のために畑を守ろう」と前向きになったのです。さらには、孫が今までより遊びに来ることが増えてきたり、高齢者たちも身体は弱っても心は弱らないと言い始め、何より高齢者自身が笑顔で幸せそうにしています。
自らが自らの町を愛し、そこで生き続けようとすることによって、町を引き継ごうという気持ちが明らかに高齢者の中に出てきたわけです。こういった前向きな動きが見えてくれば、そこで何か地域産業を生み出そうとする企業の目に留まり、企業による投資だって起こるかもしれません。プラスの循環が生まれるようになるわけです。
高知県の仁淀川町では高齢者が一緒に元気に体づくりに勤しんでいる
─ まさに発想の転換が起こった事例ですね。その中で自治体の役割はどうなりますか。
辻 私たちは、高齢者自身が頭を切り替えて頑張るためには、それを後押しするような励まし合いが大事だと気が付いたのです。つまり、自らが頑張る「自助」のためには、お互いに励まし合う「互助」が大切になります。自助と互助は一対のものであり、この互助を伴走支援する役割を担うことが、今後の自治体行政の要諦だと思うのです。
そして、高齢者は最後には弱るわけですから、弱っても生きがいがある生き方をしてもらうためには、お金では買えない価値が求められます。そういったお金では買えない価値を見出してもらうためには、コミュニティー、つまりは人と人とのつながりがしっかりしている社会を目指すことが不可欠です。
国・行政・企業の役割
─ 日本には自助に加えて「共助」と「公助」という言葉もありますね。
辻 ええ。国は日常生活圏単位で医療と介護が連携して在宅サービスを提供する「地域包括ケアシステム」を推進しています。これらのサービスは医療保険や介護保険といった公的保険システムとして、保険料を納めて社会全体で守り合うフォーマルな助け合いであり、これを共助と位置付けているわけです。
併せて、私が強調しているのは、むしろインフォーマルな助け合いを指す互助になります。自助と並んで、この互助が今後の国づくりのキーワードになります。
一方、今後、人口が減っていく中で、国の役割として大きな政府は難しくなります。この場合、社会保障制度や少子化対策は決して手を抜けないと思います。市場経済の発展の過程で寿命も延び、社会保障の整備も必要となった。また、共働きなどになって子供が産まれにくくなり、少子化対策が生まれた。
このように、市場経済の発展の裏腹として導入された社会保障制度や少子化対策を疎かにしたら、何のための経済発展かということになります。
─ 社会保障制度と経済の関係はどうですか。
辻 いま申し上げた通り、社会保障制度は市場社会のパートナーなのです。大きな政府は難しくなるけれども、質のよい社会保障制度は堅持していかなくてはなりません。そもそも社会保障制度を発展させたから経済が停滞したという国際的な例はないはずです。
─ スウェーデンやデンマークといった北欧の国々のことですね。
辻 ええ。国民が税金をたくさん払って社会保障制度を充実させた結果、北欧の国々が衰退したかというと、むしろ1人当たりのGDPも高水準を維持しています。ですから、社会保障制度を発展させたら経済が衰えるというのは誤解なのです。
─ この場合、財源はどう考えていけばいいですか。
辻 小さな政府という場合、民間がどこに投資をするかという民間セクターの役割が重要です。というのも、企業の活力の源泉とも言える開発投資については、今の日本の多くの大企業は、最期は行政が道を敷いてくれるという依存的な感覚が強いように見えます。公的責任分野は別として、それでは社会は発展しません。
企業は自助が基本ですが、自助は互助によって支えられるとも言えます。今後は企業同士が連携して社会の未来を考える必要があるのではないのでしょうか。例えば、国土政策で言えば、多くの地域が人口減少で衰退していくこれからは、どの地域に魅力があるか、どの地域をもっと良い地域にして残していきたいかという投資判断の主体は企業になります。
地域行政の首長は選挙民によって選ばれるので、人口が減少する中で地域のある特定のエリアだけを優遇するという選択は大変困難です。したがって、企業が連携して地域をこよなく愛する住民が住む、魅力のある地域を残す投資をすることが必要だと思います。じっと行政が先鞭を付けるのを待っていては全体がダメになると思うのです。
より良い国にするための投資を
─ 企業に一層の自助の発想が求められると言えますね。
辻 そうですね。企業が自ら地域の未来を考え、判断する。もちろん、海外に投資して収益を上げるということも重要でしょう。しかし、企業の経営者も、そのご家族も、日本国民として日本に住むはずです。そうであるならば、企業自身がより日本を住み良い国にするためには、どうしたらいいかを考えることが重要になります。
─ それが日本に住む日本人としての役割と使命だと。
辻 私はそう思います。日本社会の持続可能性に企業はどう貢献するかということが1つの鍵となりますので、是非お力をいただきたいと思っています。
確かに拡大する海外市場は重要でしょう。しかし、今後は自分たちが住み続ける国を、住み良い国にするために、企業活動をどのように進めていくかという発想が経営者には重要なのではないでしょうか。国も行政も企業も国民も変わらなくてはならないということです。
そこで、まずは最大の人口集団である高齢者を含めた国民が頭を切り替えなければなりません。そして、高齢者がお金だけに依存しない、つながりと生きがいを得られる生き方を選ぶことができれば、若い人にも繋いでいけると思うのです。
「子供が生まれにくい国になったけど、あとはよろしくね」ということで若い人が頑張れるでしょうか。これまで長く生きてきた高齢者が最後まで頑張るという国でありたいと思います。
団塊世代の私としては、まずは高齢者世代が日本の人口構造を直視して、その可能性に挑戦することが今後の日本の国づくりの第一歩だと思い、行動していきたいと思います。
(次回に続く)
ヒーロープロデューサー・福嶋 一郎代表取締役の「世界で羽ばたく〝ヒーロー〟のような人材を育てていきたい」