「こんなはずじゃなかった」元エリート商社マンが1500万円で買ってしまった“悲劇の連鎖”

2025/05/10 17:30

<前編のまとめ> エリート商社マンだった佐々木直樹(仮名・57歳)さんは、理想を描いてM&Aで中小企業の社長になりました。 買収額の1500万円は退職金と貯金でまかない、「社長夫人になるなんて、まるで夢みたい」と喜ぶ、妻と共に新天地に赴きます。 美味しい地元の食材に温泉。会社の規模は小さいが、のんびりと暮

<前編のまとめ>

エリート商社マンだった佐々木直樹(仮名・57歳)さんは、理想を描いてM&Aで中小企業の社長になりました。

買収額の1500万円は退職金と貯金でまかない、「社長夫人になるなんて、まるで夢みたい」と喜ぶ、妻と共に新天地に赴きます。

美味しい地元の食材に温泉。会社の規模は小さいが、のんびりと暮らせるはずだったのですが――。

●前編:「社長夫人になるなんて夢みたい」妻が喜んだのも束の間…1500万円で“社長の椅子”に座った夫に待ち受けていた悲惨な現実

次々と起きるトラブル

佐々木さんが社長に就任してから3か月が経った頃、古参の熟練社員2名が新社長となった佐々木さんをよく思っておらずに退職を申し出たのでした。1人は20年以上のベテランの技術者で、もう1人は得意先との信頼関係を築き生産管理や納期調整などの担当をしてきた現場の管理責任者だったのです。

「社長が代わってから、現場の空気が変わった」

退職理由はいきなり会社に入ってきた新参者が社長だということです。佐々木さんは当然引き留めましたが、2か月間は引継ぎのために留まってはくれましたが、結局、その後任を探す余裕もなく、現場の業務は佐々木さんが一手に背負うことになる。

会社にとって重要なキーマン二人の退職によって現場は大混乱することとなり、納期遅延が続いてしまったことで売上は大幅に減少。残った社員には毎日のように残業してもらい対応していましたが度重なる納期遅延と不具合の続出で取引先からは「次回の契約は見送らせてほしい」と言われてしまいます。

そして――追い討ちのように、税務署の調査が入りました。

前任の社長が業務委託していた外注作業員が、実態としては社員と変わらない働き方をしていたというのです。その結果、源泉所得税と消費税の追徴課税を命じられたのです。

重すぎる家庭の代償

家庭でも大きな変化がありました。

佐々木さんは地域の経営者団体に積極的に参加することで経営者としての人脈を広げようと考え、またなんとか今の現場仕事を回せるように外注先を探すために業界団体の会合にも足しげく通い、夜も不在がちに。その代償として家庭では孤立が進みました。元々都市部で育った妻は、地方での暮らしに馴染めず、夫婦間のすれ違いは日に日に大きくなり、口論が絶えなくなってしまいました。

「こんなはずじゃなかった……。社長になんか、ならなければよかった」

こう思いながらも、責任感が人一番強い佐々木さんは、なんとか挽回しようと奮闘します。しかし、すでに会社は運転資金が枯渇しそうな状況で、老後のために蓄えていた預貯金や個人年金保険も解約し運転資金として差し入れ、資金繰りに奔走する毎日……。

目の前のお金の不安だけでなく、老後の不安にも日々悩まされていきました。

数字ではわからない中小企業の“リアル”

今回、佐々木さんが直面したのは、財務諸表には反映されない「中小企業のリアル」でした。

大企業とは違い仕事が属人化しているケースも多く、1人の社員が退職するだけで会社全体が回らなくなることも少なくはありません。

こうした事態を避けるためには、M&Aを決める前に実際に会社に役員として一定期間入り、管理の体制や現場の状態を知ってから判断することが大事です。また、先代社長を一定期間役員や顧問として残し、引き継ぎを行うことが取引先との信頼継続や社員の離職防止にもつながります。

高級車に乗り、夜の街で羽振り良さそうに見える中小企業の社長も、実際には資金繰りに頭を悩ませ、従業員との人間関係や取引先との信頼構築に苦心していることも多いものです。

多くの中小企業で人手不足の問題を抱えており、業績が悪いわけではないのに廃業を検討する企業が多いのも事実です。なかには100万円、200万円といったごく少額で買うことができる会社もあり、十分な収入を得ながら定年が無い仕事で収入を得ることもできます。

地域に根差した老舗企業で、その会社の魅力をブラッシュアップしたり、内部体制を整備することで成長させることができる面白味もありますが、同時に今回ご紹介した様なリスクも内在していることがあります。

※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
 

小川 洋平/ファイナンシャルプランナー

25歳で未経験から保険営業に挑戦。6年半の営業経験を経て、金融・年金・会計など幅広い知識を習得。2016年、保険商品や金融商品の販売を目的としない独立系ファイナンシャルプランナーとして開業。iDeCoや資産運用、住宅ローン、企業年金、経営再建などの相談を通じて、個人事業主や小規模事業者の資金形成、経営支援に注力している。