<前編のあらすじ>
間もなく50歳を迎える智美さん(仮名)は、夫の敦さん(仮名・57歳)の扶養に入ってパート勤務を続けていましたが、職場からフルタイムに近い勤務への転換と社会保険への加入を打診されます。
ネットの解説動画で「標準報酬月額(月給)20万円で10年勤務すれば、20万円×5.481/1000×120月ですので、将来老齢厚生年金が13万1544円増えます!」という情報を見つけた智美さんは、将来の生活に期待を抱いて加入を決意しました。
しかし、夫婦で年金事務所に相談に行くと、実際の増額は12万2671円という試算結果に……。年額約9000円、20年で約18万円の差。智美さんは「18万円もあれば夫婦で1回国内旅行も行けるくらいの額なのに」と当初想定していた金額との差に落胆してしまいました。
●前編:【厚生年金「13万円増える」はウソ⁉ 解説動画を信じて社会保険加入の50歳パート女性、のちに判明した「驚きの年金額」】
65歳からの年金額を知る方法とは?
将来の年金の見込額は、年金事務所の窓口、ねんきん定期便、ねんきんネットなどで知ることができます。しかしそれはあくまでも見込額です。智美さんが年金事務所を訪れたのは2025年度。今後の年度での年金額はまだ明らかでないため、現在の2025年度の額で試算されます。
老齢厚生年金(報酬比例部分)は厚生年金の加入記録で計算されます。在職中の給与や賞与が高いと厚生年金保険料も高くなる一方、その分受給できる報酬比例部分の年金も多くなることになります。
①2003年3月以前の厚生年金加入期間がある場合は標準報酬月額の平均である「平均標準報酬月額」(給与の平均)、②2003年4月以降の厚生年金加入期間がある場合は標準報酬月額と標準賞与額の平均である「平均標準報酬額」(給与と賞与の平均)を用います。
智美さんが50歳から厚生年金に加入した場合に増える年金額は②で計算された部分となります。しかし、この見込額の計算で標準報酬月額や標準賞与額を用いる場合は、そのままの額は用いません。加入した当時の標準報酬月額や標準賞与額にその時期に応じた「再評価率」というものを掛けて算出した、再評価後の額を用います。
かつて初任給が10万円や15万円の時代もありました。現在は20万円を超えることも多いでしょう。賃金の水準は過去と今とでは異なり、現在価値に直したうえで年金額を計算します。そのために用いるのが再評価率です。毎年度再評価率は見直しがされますが、40年~50年も前の標準報酬月額については再評価率が1.000を超えるため、再評価後の額は、当時の標準報酬月額(当時の給与の額)より高い額になります。しかし、比較的最近の加入期間の再評価率は1.000を切っているのが現状で、加入期間だった当時の標準報酬月額より低く評価され、その再評価後の額が年金の計算に反映されることになります。
知っておきたい! 具体的な計算式と再評価率
実際の報酬比例部分は、A、Bのいずれかの計算式で計算して高い額で支給されることになっています。
A.本来水準
平均標準報酬月額×7.125/1000×厚生年金被保険者月数+平均標準報酬額×5.481/1000×厚生年金被保険者月数
B.従前額保障
(平均標準報酬月額×7.5/1000×厚生年金被保険者月数+平均標準報酬額×5.769/1000×厚生年金被保険者月数)×1.061
AとBで乗率(それぞれ7.125/1000と5.481/1000、7.5/1000と5.769/1000)が異なり、Bにはさらに1.061(従前額改定率)を掛けますが、AとBとで用いる再評価率は異なります。そのため、AとBどちらが高いかは計算してみないと分かりません。
2025年度において、2025年4月~2026年3月の厚生年金加入期間についての再評価率は、Aが0.922、Bが0.834となります。翌年度(2026年度)以降の再評価率は決まっていないため、2026年4月以降の厚生年金加入による見込額の試算では0.922あるいは0.834の再評価率を用います。いずれにしても再評価率は1.000を切っていますので、智美さんの標準報酬月額はAでは18万4400円(20万円×0.922)、Bでは16万6800円(20万円×0.834)となります。Bの場合、再評価率0.834だけでなく、従前額改定率1.061を掛けて計算し、乗率もAより高いですが、標準報酬月額は本来の20万円より少ない額で、毎年度変わる従前額改定率についても、翌年度以降のその率が決まっていないため、こちらも試算では1.061を用います。
厚生年金の計算は複雑
智美さんの場合、報酬比例部分の増える額は、Aで計算すると12万1284円、Bで計算すると12万2516円になり、高いBで試算されました。智美さんがネットで見た試算額13万1544円はAの計算方法で、標準報酬月額20万円を再評価しなかった計算方法だったのでした。なお、50歳から60歳になるまでの10年間厚生年金に加入すると、老齢厚生年金としては報酬比例部分だけでなく、経過的加算額も155円増えることになります。そのため、合計としては12万2516円+155円の12万2671円となります。しかし、それでも13万1544円より少ないでしょう。
「年金の計算は複雑だなぁ……コンピューターじゃないと出せない数字」と思いつつ、年金事務所で試算した額が最新の見込額であることは理解した智美さん。ネットの情報だけでなく、実際に年金事務所に相談に行くほうが詳しい話や自身の実態に合った話を聞くことができると感じました。
将来受け取れる年金額は気になる中、厚生年金の計算は特に複雑で、給与や賞与の額から計算されるといっても単純なものではありません。年金事務所等で将来の見込額を把握しつつ、あくまで見込みのため将来実際に受け取れる額は変動する可能性も想定しておくと良いでしょう。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
五十嵐 義典/ファイナンシャルプランナー
よこはまライフプランニング代表取締役、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP®認定者、特定社会保険労務士、日本年金学会会員、服部年金企画講師。専門分野は公的年金で、これまで5500件を超える年金相談業務を経験。また、年金事務担当者・社労士・FP向けの教育研修や、ウェブメディア・専門誌での記事執筆を行い、新聞、雑誌への取材協力も多数ある。横浜市を中心に首都圏で活動中。※2024年7月までは井内義典(いのうち よしのり)名義で活動。