都内のIT企業に勤務する田部井遼さん(仮名)は、昨年のNISA(少額投資非課税制度)の改正を機に投資を始めました。毎月3万円を全世界株式型の投資信託に積み立てています。
同僚には田部井さんと同じタイミングで投資デビューした人が多く、飲み会でも世界経済や投資の話題が増えました。4月のトランプ関税ショックまでは株式市場が比較的好調に推移していたこともあり、「今、目一杯投資に行かないのはバカ」とばかりNISAの積み立てを上限の月額10万円まで増額しようという同調圧力がかかってきたりもしたそうですが、田部井さんは躊躇したそうです。二世帯住宅の住宅ローンが3500万円残っていて、そっちを先に繰り上げ返済すべきでないかと考えたためです。
悩める田部井さんが利用したのが、福利厚生の無料相談。しかし、あまり期待していなかったその相談で、田部井さんは「宝くじが当たったくらいの出会い」をしたのです。うれしい出会いとその果実について、田部井さん自身が語ります。
〈田部井遼さんプロフィール〉
埼玉県在住
37歳
男性
会社員
フリーランス校正者の妻、義両親と4人暮らし
金融資産540万円(世帯)
住宅ローンと義両親支援…30代男性の複雑な家計事情
遅ればせながら昨年の新しいNISAを機に、積み立て投資を始めました。昨年8月のブラックマンデーや直近のトランプ関税ショックはありましたが、ほとんど増えない預貯金に比べ、投資のダイナミズムを実感しました。
私たちと同じ頃に投資を始めた友人や同僚には、運用効率を良くするためになるべく早く非課税限度額1800万円を埋めようと、節約や賃上げ分を投入して毎月10万円近く積み立てている人も少なくありません。飲み会などでもNISAや株式市場の動向が話題に上ることが増え、そこでは「今、目一杯投資に行かないのはバカ」と言わんばかりに同調圧力がかかってきます。
ただ、これには素直に首肯(しゅこう)できない自分がいます。独身・実家暮らしならともかく、我が家の経済状況では毎月NISAに10万円も投入できないからです。
私は妻と結婚する際に住宅ローンを借り入れて妻の親の土地に二世帯住宅を建てていて、そのローンが3500万円以上残っています。義両親はともに60代の後半ですが、自営業が長かったため年金額は2人合わせて月8万円程度しかありません。これでは食費や医療費を払うのが精一杯なので、私たちが毎月5万円程度を援助し、義両親の分の光熱費や水道料金、固定資産税なども負担しています。
妻の提案は繰り上げ返済の優先だが…
この4月からは手取りで2万円ほど昇給し、夏のボーナスも昨年より上乗せされそうですが、妻は現状月3万円のNISAの積み立てを増やすより、住宅ローンの繰り上げ返済を優先させるべきではないかという意見です。私が組んでいるのは変動金利の住宅ローンなので、昨今の金利上昇を受け、この4月から適用金利も上がっているからです。
変動金利ローンの場合、金利が上がっても月々の返済額は5年間変わらない「5年ルール」と、6年目以降に金利を上げる場合もそれまでの1.25倍を限度とする「125%ルール」があるため、いきなり毎月の返済負担が重くなるわけではありません。
しかし、適用金利が上がれば総返済額は増えていくので、結果として返済期間が延びる形になります。現時点でローンが完済するのは私たちが70歳の時ですから、今度も金利が上がれば完済時期が75歳くらいになってしまうかもしれません。
10年後くらいには義両親の医療費や介護費の負担が増えるかもしれず、妻は、そうなる前に繰り上げ返済して負債を減らしておく方がいいと考えたようです。
私はもともと、お金はあるだけ使ってしまうタイプでしたが、しっかり者の妻の影響で自然と家計管理ができるようになりました。それもあって、我が家では家計や資産について何かをする時、妻の意見を優先させることが多くなっています。
データではNISA優位でも「何となく」納得できない
とはいえ、夏のボーナスまでにはまだ時間があることから、我が家のNISA増額か住宅ローンの繰り上げ返済か問題は当面、棚上げされたままでした。そんな中で先月近距離の出張があり、早めに仕事が終わったので帰りに同期と飲んだ時、まさにその話になったのです。
金利が上がってきていることもあり、NISAへの投資を増やすか、その分を繰り上げ返済に回すかは、住宅ローンを抱えるNISA民の重要関心事になっているようです。
同期はSE出身で、データを重視するタイプです。聞けば、同期がNISAに投資する上で参考にしている投資系動画チャンネルの管理者が、今後住宅ローン金利が2%上昇する、NISA口座での運用成績が5%という前提でこの先10年でどちらが得かを比較したところ、NISAの圧勝だった模様です。
同期自身もエクセルでいろいろ数字を入れ替えてみたそうですが、「市場がド~ンと落ち込んでNISAがマイナスにでもならない限り、NISAの圧倒的優位は揺るがない」とのことでした。
それはそうなのでしょう。この先金利が上がるといっても、米国のように4~5%までの水準になるとは到底思えません。一方で、NISAを始めて1年間の運用状況を見ても、10年間で年平均5%程度の利益目標は余裕でクリアしそうです。
「それでも何となく割り切れないんだよなぁ」とぶつぶつ言っていると、同期から「NISAでお金に働いてもらうことが将来の生活基盤の安定につながるんだよ。お前、『何となく』とか情報弱者みたいなこと言うなよ」とあきれられました。
勤務先のファイナンシャルプランナー(FP)相談を利用してみようと思ったのは、その「何となく」がきっかけでした。私は私なりにいろいろな状況を見極めて判断しようとしているのに、データを信じないから情報弱者扱いされるのは納得がいかなかったからです。
福利厚生の無料相談ですから正直それほど期待はしていませんでした。しかし、そこで出会った平野さんからのアドバイスは、私の想像の斜め上を行くものでした。
●FPからのアドバイスで、田部井さんが気づいた「データでは見えない大切なこと」とは? 後編【「目一杯投資に行かないのはバカ」と言われても…30代会社員が 「NISA全力投資」の同調圧力に負けず最適解を選べたワケ】で詳説します。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
森田 聡子/金融ライター/編集者
日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。