昼下がり、レストランで食事をする絵実は美味しいご飯を食べながら思い出話に花を咲かせていた。話題の中心にいたのはつい先日結婚式を挙げたばかりの里奈だ。
絵実と里奈は高校時代からの友人で、結婚の報告も早い段階で聞いていた。
そしてそんな里奈の結婚式の出し物で、絵実は同じく高校時代の仲良しメンバーと韓国アイドルグループのダンスを披露していた。決して上手いと言えたものではなかったが、里奈は絵実たちの出し物に感動してくれて今回打ち上げも兼ねて集まっていたのだ。
楽しい会話を繰り広げていると、里奈がふとコチラに笑みを向けてきた。
「次は絵実だね」
里奈が何を言おうとしているのかすぐに分かる。絵実にも結婚を約束している恋人、清水雅俊がいる。もうお互いの両親に挨拶なども済ませていて、そのことは里奈にも報告済みだった。
絵実はぎこちなくうなずき、里奈に声をかける。
「うん、そうだね……。あ、あのさ、具体的な額は言わなくてもいいんだけどあれっていくらくらいかかったの……?」
「そうだね。私は500万いかないくらいだったかな。旦那と話し合ってちょっと豪華にしようと言ってたから。でも相場的には300万くらいらしいよ」
「あ、そ、そうなんだ……」
額を聞いて、絵実は内心納得していた。確かに何度か式に参列したことがあったが明らかに手が掛かってるように感じていた。呼ばれている人の数もかなり多かったというのもあるかもしれないが、それだけの額を出せるだけの余裕が里奈達にはあったということだ。
「まあでも一生に一度のことだからね」
里奈はそう言って頬を緩めた。絵実も同調しておいたが、同じように笑えているかは自信がなかった。
絵実は挙式や披露宴に対してとても後ろ向きな考えを持っていた。お祝いをしてもらうこと自体は嬉しいのだが、やはり気になるのはその費用だ。300万なんてお金を披露宴に使うくらいなら、新婚旅行の費用に充てたいと思うし、雅俊と2人で美味しいものを食べたりしたほうが有意義だと思っているのだ。
もちろんそれは300万なんて大金があればの話で、1番の理由は経済的な理由だ。
絵実が務めている会社は決して給料が高くない。雅俊だってそれは同じだ。ベンチャー企業に勤めているのだが会社自体がまだできたばかりのところで、夢はあるがボーナスはない。こんな2人の挙式に300万なんて大金を出せるはずがなく、貯金額だってたかが知れている。
お金がないから式は挙げないと言い切ってしまえばいいのだが、世間一般ではまだ結婚と挙式はセットに考えられていて、中々言い出しにくいところもある。
雅俊とはできれば挙げない方向でいこうと共通の認識は持っているのだが、それをまだ誰にも言えないでいた。
母「あんたはどうするの?」
「里奈ちゃんの式はどうだった?」
絵実が雅俊と暮らしている家に、他県に住んでいる母の好美が遊びにきていた。雅俊は急な仕事が入ったため、ちょうど出かけていていない。最初は、義理の親が2人で暮らす家にたびたび来たがることを雅俊も嫌がるだろうと思っていたが、穏やかで人好きのする雅俊の性格も相まって絵実の両親との関係は良好だったし、雅俊もいつでも遊びに来てもらいなよと言ってくれていた。
「うん、すごく良かったよ。2人とも幸せそうだったし」
母がお土産に買ってきてくれたカステラを食べながら、絵実は答える。
「あんたはどうするの? もう式場くらいは決めたんでしょ?」
「……いや、うん。それはまだだけど」
絵実がそう答えると、好美の表情が険しくなった。
「結婚の挨拶をしたのってもう半年くらい前だったでしょ? そこから何も式については進展してないってこと?」
「……やっぱり色々と考えることが多くて」
好美はため息をつく。
「大事な行事ごとなんだからしっかりしないとダメじゃない……!」
絵実は今まで黙っていた胸の内をここで話すべきかどうか考えた末、変に期待を持たせてしまうのは良くないという結論に至った。
「……式ってさ、そんなに必要、かな?」
「……は?」
「別に私たちの式なんてお祝いしてもらうほどのことじゃないし。わざわざ皆に来てもらってまでする価値あるのかなって思ってるのよ……」
「バカなことを言わないでよ。結婚をするんだから式を挙げるってのは当たり前のことなの。それに皆、あなたたちの結婚を心からお祝いしてくれるわ。そういう人たちを呼べばいいのよ」
「それは分かってるんだけどさ。でも別にする必要はないかなって思ってる……。それに最近だとフォトウエディングっていうやり方もあって、知り合いには写真を送るって形でも良いかなって……」
母の反応は……
絵実は好美に提案をしてみた。しかし好美は無表情でこちらを見つめている。その顔からはこちらの意見を受け入れる隙は全く見当たらなかった。
「それは雅俊さんも同じ意見なの?」
「……うん。そっちのほうが安く済むし、俺たちには合ってるよなって……」
「安く済むって、一生に1度のことなのよ?」
好美は盛大なため息をつく。
「……式も挙げられないような稼ぎの人との結婚なんて認めなかったら良かったわ」
「……どういう意味?」
「ベンチャーだとか言ってたけど、結局はきちんとした稼ぎのある仕事じゃないってことでしょう? それを知ってたら結婚なんて認めなかったって言ってるの……!」
好美の言い方に絵実は怒りを覚えた。
「別にお金が全てじゃないでしょ⁉ というかお母さんからの許可なんて要らないから……! 何様のつもり⁉」
「結婚式も挙げられないなんて、惨めで可哀そうよ」
挙げられないんじゃなくて挙げないのだ――とは言わなかった。
1人娘の晴れ舞台を見届けたい親心は理解できる。里奈の結婚式は感動的で、新郎新婦がそれぞれの両親へ感謝を伝えるときには絵実も思わず泣いてしまった。あれは確かに幸せな瞬間だと言えるだろう。けれどあれだけが幸せなのではない。
人の数だけ、夫婦の数だけ、幸せがあっていいはずだ。
「……もう帰って」
絵実はうなる獣のように言った。しかし好美は動かず、不機嫌そうに、あるいは被害者は自分だとでも言うように、リビングに居座っていた。
「もう帰ってってば!」
絵実は母を怒鳴りつけた。こんな喧嘩がしたいわけじゃないのに、ずっと自分の1番の理解者だったはずの好美が遠く離れた存在に思えてしまって、今はこうして遠ざけることでしか自分を保つことができそうになかった。
●夫・雅俊と相談するも、ない袖は振れない。悩む二人のもとに絵実の父・秀夫がやってくる。まず好美のふるまいをわびた、秀夫が告げたのは絵実と雅俊が思いもしなかった申し出だった。後編:【「そうは言ってもお金が…」結婚式を挙げられない娘に父が伝えた「不器用な母の親心」】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
Finasee マネーの人間ドラマ編集班
「一億総資産形成時代、選択肢の多い老後を皆様に」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。