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企業型確定拠出年金の加入者が知っておきたい「退職金DC」と「選択制DC」、その違いとは?

2025/05/30 12:00

企業型DCにも二種類ある 確定拠出年金(DC)制度の企業型には、大きく分けて二つのパターン「退職金DC」と「選択制DC」があります。  「退職金DC」は企業の退職金制度の一部(もしくは全部)に位置付けられる一方、「選択制DC」は福利厚生の側面が強い点が特徴です。 同じ法律に基づく制度にもかかわらず、両者は大きく異

企業型DCにも二種類ある

確定拠出年金(DC)制度の企業型には、大きく分けて二つのパターン「退職金DC」と「選択制DC」があります。 

「退職金DC」は企業の退職金制度の一部(もしくは全部)に位置付けられる一方、「選択制DC」は福利厚生の側面が強い点が特徴です。

同じ法律に基づく制度にもかかわらず、両者は大きく異なるため、社内の担当者が社員へ説明をする際には気を付けるポイントも異なります。

退職金DCと選択制DCは、社員の意思決定タイミングに差がある

退職金DCと選択制DCは、運用商品の選択や60歳まで原則、引き出せないという点は同じですが、掛金の原資による違いがあります。この違いは、社員の意思決定タイミングにも違いをもたらします。それぞれ詳しく見ていきましょう。

<退職金DC>

退職金を原資としているため、原則、全員加入となる制度です。そのため事業主が説明するポイントは、運用とは何か、運用をどうするのかになります。

事業主掛金は給与とは別の設定になるため、「給与とは全く別に、会社が皆さん個々人のDC口座に掛金を振り込みます」「掛金は退職金の一部(もしくは全部)なので、金額については退職金規定等を確認しましょう」「退職金制度のため、3年未満で自己都合退職した場合などは掛金が会社に返還されます」等の注意事項を説明します。

つまり、「加入」の時点では、社員の意思決定が不要ということになります(退職金DCであっても、加入や掛金を選択できるケースもあります)。

とはいえ、加入者掛金(マッチング)拠出が設定されている場合は、給与から拠出するかどうか、金額をいくらにするのかを決める必要が生じます。そのため、マッチング拠出の案内に際しては、「会社が負担する掛金に加えて、自分の給与からも天引きで掛金を拠出できる税制優遇制度です」「活用は個々人の任意ですが、非常に魅力的な税制優遇が活用できます」という説明が加わります。

このように、いったんは「会社が拠出する掛金が基本」と説明しつつ、「自分の給与からも拠出できる」という話をすると、聞いている社員はかなり混乱するようです。そのためイメージ図や給与天引きのタイミング、制度スタート後も定期的に申し込みや金額変更の機会があることを説明に加えつつ、少しずつ内容を膨らませる工夫をしましょう。

<選択制DC>

選択制DC では、加入者自身がDCの掛金にすることのできる原資について、そのままDC掛金とするのか、それともDC掛金にはせずに給与や賞与と一緒に受け取るのかを選択します。つまり選択制DCは、DCを活用するかどうかの意思決定が加入者に委ねられます。

そのため、老後の資産形成が必要であること、DC制度は税制優遇が大きく効率的に資産形成できることなどに力点を置いた説明が必要になります。

なお、選択制DCでは勤続3年未満での事業主返還はほとんど設定されていません。

「選択制DC」の掛金は「給与収入」ではない

選択制DCを理解するためには、退職金制度がない企業をイメージすると分かりやすいかもしれません。

設立まもない企業では、報酬はすべて給与や賞与で支払われ、退職金制度までを準備できるケースは多くありません。そこで、社員の老後の所得確保のために、「器」としての企業型DCを用意し、その器を活用するかどうかは本人の選択に委ねるという運営がなされるようになりました。

つまり、報酬にはあらかじめ前払い退職金が含まれており、それを退職金としてのDC掛金とするのか、それとも給与や賞与として受けとるのかを社員が選択できるようにしたものといえます。

ここで忘れてならないポイントは、企業型DCの事業主掛金は、退職金の位置付けにあるため所得とはみなされないことです。つまり「給与収入」ではなくなります。選択制DCの掛金であっても、事業主掛金の位置付けとなります。

選択制DCの掛金は、実態上は給与からの拠出と同様にとらえられますが、給与収入ではなくなるため所得税・住民税がかからず、社会保険料もかからない資産としてDC口座に積み立てられることになります。その結果、給与で受け取るよりも3割程度は「お得」になると考えられます。

マッチング拠出がいったん給与収入となったあとに控除項目として処理される点とは異なります。

一方で、選択制DCの掛金は給与収入ではないため、年収が下がります。ローン審査など「年収」が大事な判断基準となる際には、選択制DCの拠出は最低限にするという切り替えも必要です。

選択制DCの制度運営リスク

選択制DCの掛金は、活用する社員にとってはDC掛金か給与等での受け取りかを選択しているので、「本人掛金」のイメージが持たれがちですが、法令上は「事業主掛金」です。

制度運営側である企業の担当者も、制度開始直後は事業主掛金と理解していても、時間が経ち担当者が交代するにつれ、理解があやふやになりがちです。

さらに、人材の流動化が進んでいることもあり、中途入社の社員が前職で利用していた企業型DCが自社の企業型DCと異なることも想定されます。人事担当者が「退職金DC」と「選択制DC」の違いを理解しておかないと、説明を受ける側の社員がわからないから使わない、等の活用チャンスを逃すことにもつながりかねません。企業型DCといっても、企業によって異なる設定がありうるという認識は必要です。

デメリットも伝える必要がある

DC制度がスタートして20年以上が経過するに従い、選択制DCが発展的に活用されるようになりました。すでに退職金制度がある企業で、選択制DC活用が進んでいます。その要因としては2点考えられます。

一つは、退職金制度の見直しをせずにDCを活用するイメージです。退職金制度の見直しにはかなりの時間と労力がかかり、追加費用が発生することもあります。また「退職金」ではリスクを取りたくないという労働者側の意向が働くこともあります。

その結果、退職金制度自体を変更せずに、選択制DCを導入するという企業が増えました。この方法は、社会保険料を折半負担する事業主にとっても、社会保険料の削減効果というメリットがありました。

もう一つは、法令に起因しています。マッチング拠出は事業主掛金以下という制約があることから、退職金DCの事業主掛金が少額の場合、マッチング拠出も少額しかできません。そのため、マッチングのかわりに選択制DCを退職金DCの上乗せとして活用するケースが出ています。

2022年10月の法改正(企業型DC加入者もマッチング拠出をしていなければ個人型DC:愛称iDeCoを活用できる)がこうした動向に影響を与えた側面があります。

たとえば退職金DCの事業主掛金が5000円の場合、マッチング拠出は事業主掛金以下という制限があるため、マッチング拠出による掛金も5000円までしか拠出できません。一方、iDeCoであれば掛金を2万円まで拠出でき、その分節税効果が高いといえます(※1)。

さらに、選択制DCは掛金が本人の給与収入ではなくなるため、税制優遇に加え、社会保険料の抑制効果もあります。

選択制DCを活用する企業が増えたこともあり、厚生労働省の審議会でも選択制DCがテーマに取り上げられました。その結果、「社会保険料の削減効果がある」というメリットの説明だけではなく、給付面でのデメリット(※2)もしっかりと説明することが法令解釈通知に盛り込まれました。

さらに、2024年末の税制改正大綱では、マッチング拠出が事業主掛金以下という制限を外すと記載され、改正法案が国会に提出されました(2025年5月時点)。

DC制度は20年あまりの間に多くの変化が起こりました。都度、知識をアップデートし、よりよく活用することが重要です。

※1 2022年10月当時は確定給付型の制度がある場合のiDeCoの拠出限度額は1.2万円。2024年12月の法律改正により、「5.5万円-他制度掛金相当額-企業型DCの事業主掛金」と「2万円」のどちらか小さいほうが上限金額に改正された。

※2 給付面のデメリットとして分かりやすいのは、将来の老齢厚生年金の減少。そのほか、社会保険料負担が減ると障害年金や遺族年金、傷病手当金、失業保険の給付にも影響することがある。

津田 弘美/野村證券株式会社 確定拠出年金部

社会保険の専門出版社において、企業年金分野の編集記者として厚生労働省記者クラブ等に所属。厚生年金基金の隆盛期から企業年金2法の成立等を取材。その後、野村年金サポート&サービス(現在は野村證券に合併)に入社。確定拠出年金の運営管理業務に10年以上にわたり従事し、投資教育の企画立案、事業主サポート等を担当。業務の傍ら、横浜国立大学大学院において、理論と実務の両面から企業年金制度についての考察を行う。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期課程修了(経営学博士)。