婚活で出会った東大卒・コンサル男の正体 失意のバリキャリ女子を救ったストーカー男とのバーでのひととき

2025/06/07 13:00

<前編のあらすじ> 35歳になる営業職の麗香は順風満帆な人生を送っていた。 大学時代の同期・八代という男にストーキングされていることと、無能ながらも男性であり年長者であることから上役の座に座っている上司たちに頭を悩ませていることを除けば……。 そんな麗華はある日、後輩の美弥子からランチに誘われる。聞けば結婚し子供

<前編のあらすじ>

35歳になる営業職の麗香は順風満帆な人生を送っていた。

大学時代の同期・八代という男にストーキングされていることと、無能ながらも男性であり年長者であることから上役の座に座っている上司たちに頭を悩ませていることを除けば……。

そんな麗華はある日、後輩の美弥子からランチに誘われる。聞けば結婚し子供も授かったというのである。麗華ももちろん、結婚願望があった。しかし、いままで「自分に見合う男」がいないことから踏み切れないでいた。

麗華は美弥子の存在に背中を押され、結婚相手探しに奔走する。そしてマッチングアプリで27歳でフリーのコンサルタントとして活躍する薬師という「あたり」の男と出会うのだが……。

前編:ストーカーに無能な上司 悩むアラサーバリキャリ女子が後輩の結婚&妊娠で始めた「上から目線」な婚活の行方

またいた……

ディフェンダーが麗香の暮らすマンションの前に停まる。車内にしみ込んだ夜のために、助手席から覗く薬師の顔は薄っすらと暗い。

「今日も送ってくれてありがとう」

「ううん。おやすみ」

運転席から身を乗り出した薬師が麗香にキスをする。麗香は車から降りて、走り去っていく薬師を見送る。いつもの電柱の陰には、八代が立っている。

きっと今の一部始終を見ていたはずだから、もう八代は来なくなるだろう。自分の出る幕はないと、引き下がるはずだ。

付き合い始めて3ヶ月、薬師との関係は順調だった。ウィットに富んだ会話も、スマートなエスコートも、どれも自分にふさわしいと麗香は思っていた。
特に八代に声をかけることもなく、麗香はマンションのなかへ入っていった。

「とうとう麗香さんも結婚かぁ」

「どうだろうね。まだ気が早いよ」

ランチのポキ丼を食べながら言う美弥子をひとまず否定はしておくが、そう言われることに悪い気はしなかった。
「いや、でもお互い意識はしてるんでしょう? そういう話したりはしないんですか?」

「多少はね。でも別に今すぐどうこうって感じじゃないかなぁ」

「そういうもんなんですね。あ、結婚式は絶対呼んでくださいよ? 全力でお祝いさせてもらいますから」

「分かった分かった」

大して興味なさそうな素振りを見せながらも、麗香はすでにゼクシィを買っていたし、SNSでウェディングフォトなどを大量にブックマークしている。そういうのは面倒だろうと思っていたが、いざ自分がその立場になってみると、案外楽しいものだった。

「いいなぁ、麗香さん。すごく幸せそう」

改めて言われると照れくさくもあったが、美弥子の言う通り、麗香は幸せだった。

順風満帆とはいかず……

これまで人生のほとんどのリソースを使って仕事に邁進してきた麗香は、同じような姿勢で仕事と向かい合い続けてきた薬師から仕事の話を聞くのが好きだった。特に経営層とも深い付き合いのある薬師の話は、麗香自身とても学びを得られることが多かった。

だがその日は珍しく、帰りの車のなかで仕事の話をする薬師の表情は浮かばなかった。

「実は、ちょっとトラブルになっててね」

「そうなの、俊弥にしては珍しいね」

「まあ、大きな問題にはならないんだけど、損失を一時的に補填しないといけなくて」

会ったときから疲れて見えたのは、このトラブルが原因だったのだろうと麗香は思った。

「補填って、いくら?」

「ん、ああ、3000万」

「そんなに……大丈夫なの?」

薬師の仕事は分かりやすく扱う金額のスケールが大きかった。麗香が営業をしてコンペを勝ち抜き獲得してくる案件とはゼロの数が違う。

「まあ、なんとかって感じ」

「本当? 無理しないで、もし必要だったら言ってね。私だって少しくらい貸せるから」

「いや、さすがにそれは……」

「何言ってるの。困ったときはお互い様でしょ。それに30半ばの独身女舐めないでよ? 使い道なくて貯まったお金くらいあるんだから」

あまり重たくならないようにと、麗香は冗談を飛ばす。疲れた表情をしていた薬師が小さく笑う。こうして支え合っていこうと思えることの延長に、結婚というひとつのかたちがあるのだろうと麗香は思った。

けっきょく麗香はその日、薬師に150万を貸した。最初は300万貸すよと伝えたのだが、それは本当に申し訳ないからとその半分を工面することになったのだ。
薬師は麗香に何度も頭を下げていた。

しかしすぐに返すからと約束していたはずの薬師は、お金を渡した翌日から連絡が取れなくなった。

どこに住んでいるか知らない

「え、それ、大丈夫なんですか⁉」

オフィスのフリースペースで声をあげたのは美弥子だった。麗香はコーヒーを淹れながら、「うーん」とあいまいな返事をする。

「心配だよね。トラブルだって言ってたし。何かあったんじゃないかと思って」

「……家とか行きました?」

「ううん。というか行ったことないからどこに住んでるか知らないんだよね。事務所兼自宅で休まらないからって、いつも外で会ってたし」

「それって……」

何かを言いかけた美弥子だったが、その先は言葉にならなかった。いや、しなかったというのほうが正しいのかもしれなかった。

だが麗香はこのとき、美弥子が呑み込んだ言葉の正体をすぐに知ることになる。「営業部エースの長田麗香がどうやら結婚詐欺に遭ったらしい」という噂が、いつの間にか広まっていたのだ。

これまで麗香に向けられていた尊敬や畏怖のまなざしには憐憫が入り混じるようになった。あの嫌味な営業部長にも「まあいろいろと大変らしいけど、仕事のほうはきっちり頼むよ」と含みのある言葉を掛けられた。職場はいつの間にか、至極居づらい場所になっていた。

薬師はと言えば、相変わらず連絡がつかなかった。メッセージを送っても既読はつかず、電話にも出なかった。再ログインしてみたマッチングアプリも、薬師のアカウントは削除されていた。

麗香が騙されたのだと納得できたのは、連絡がつかなくなって1ヶ月が経ったころのことだった。

ストーカー男に話しかけ

仕事を終えて家に帰ると、しばらく姿を見ていなかった八代がまた戻ってきていた。一体どこで聞きつけてくるのだろうか。大して気に留めていなかった存在だったが、今更になって少し薄気味悪く思えた。とはいえ、麗香に何かをしてくるような気概はこの男にはないことも分かっている。だから麗香は電信柱の陰にいる八代に容赦なく近づいていった。

「ねえ、どこで知ったの?」

「え?」

急に話しかけられた八代の声は裏返っていた。

「だから、私が別れたのとか、どこで知るの?」

「いや、それはまぁ……」

八代は少しうつむいたまま、人差し指で頬をかいた。麗香は八代が質問に答えないでいることよりも、はっきりしない態度でいることに苛立った。

「まあいいわ。どうせ暇でしょ? ちょっと付き合って」

「え、あ、え?」

「そのいちいち驚くのうざい。前から何度も言ってるでしょ!」

麗香はマンションを通り過ぎて歩き出す。八代はおずおずと麗香の後ろをついてくる。

向かったのは近所のバーだった。朝5時まで営業しているので、20代のころはよく訪れていた馴染みの店で、入店するとマスターが「お、麗香ちゃん久しぶり」と声をかけてくる。挨拶もそこそこに、店の奥のテーブル席に座り、ジントニックを頼む。八代は「あ、えっと、同じものを」と何故か少しはにかみながら注文していた。

特に話すことがあるわけでもなく、麗香は出てくるカクテルを水のように飲みながら、八代に説教を始めた。

もっと面白い話をしろ

34歳にもなってこんなところで何をしてるんだ。いつまで学生気分で当時の恋愛を引きずっているんだ。服がダサい。髪型もダサい。もっと面白い話をしろ。

支離滅裂だった。言葉尻はマスターがカウンターで苦笑いするほど強烈だった。だけど麗香が発するすべての言葉を、八代は何度もうなずきながら、静かに聞き続けた。

「もうやだ。全部ブーメランなの分かってるんだよ。ほんと惨め。何で騙されちゃうかなぁ。ちょっとお金持ってて、そんな、それだけの男に、どうして騙されちゃうかなぁ」

やがて麗香はテーブルに突っ伏し、もういじりようがなくなった八代に飽きたように頭を抱えた。

「この年にもなって、恋愛に浮かれるとかバカみたい」

「バカじゃないと思うよ。いくつになったって、恋愛したり、ときめいたり、浮かれたり、泣いたり笑ったりして、いいと思う」

「は?」

「あ、いや、ごめん」

顔を上げてにらんだ麗香に対し、八代はほぼ脊髄反射で謝った。麗香はそういうところがダメなんだと、また八代にいちゃもんをつけようかと思ったが、やめておいた。代わりに

「あんたに慰められるとか、私はもうどうしようもないねぇ」

「慰めてるわけじゃないよ。ほんのお返しのつもり」

「お返し?」

「長田さんは学生のときから変わらないよ。いや、変わってるんだとは思うんだけど、その、なんていうか根っこにある長田さんは変わってない。眩しいまんまだ。俺みたいなやつにもああやって、いろいろアドバイスしてくれて、ダメだししてくれて。無視すればいいだけの話なのに、そうはしないで、ちゃんと向き合おうとしてくれる」

「なにそれ」

あれはアドバイスなんかではない。ただ自分の情けなさに嫌気がさして、たまたまそこにいた八代をサンドバッグ代わりにしようと思っただけのことだ。

「もちろん、長田さんにそんなつもりはないだろうから、ごめん。でも僕は嬉しいんだ。今も昔も」

「ちょっと気持ち悪い」

麗香が言うと、八代はたぶんはにかんでいたような気がした。けれどもうすでに酔っぱらっていたし、そのあとすぐに吐いて眠ってしまったので、八代が本当はどんな顔をしていたのかは、麗香には分からなかった。

翌朝、自宅のベッドで目を覚ますと、テーブルの上に飲みかけのミネラルウォータ―とインスタントのしじみの味噌汁と、書き置きが置いてあった。

鍵を探すためにバッグのなかを勝手に見てしまいました。ごめんなさい。お大事にしてください。また来ます。

「……また来んのかよ」

麗香は二日酔いで痛む頭を押さえながら、声をあげて笑った。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

Finasee マネーの人間ドラマ編集班

「一億総資産形成時代、選択肢の多い老後を皆様に」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。