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インド株式市場における国内投資家の存在感と資金構造の変化

2025/06/12 00:00

■要旨 インド株式市場では、外国機関投資家(FII)に代わり、国内機関投資家(DII)、特に投資信託を通じた個人投資家の存在感が急速に拡大している。 DIIによる資金流入は株価下落局面でも安定的に続いており、市場の下支えとして機能している。その背景には、(1)可処分所得の増加による中間層の

■要旨

  • インド株式市場では、外国機関投資家(FII)に代わり、国内機関投資家(DII)、特に投資信託を通じた個人投資家の存在感が急速に拡大している。
  • DIIによる資金流入は株価下落局面でも安定的に続いており、市場の下支えとして機能している。その背景には、(1)可処分所得の増加による中間層の拡大、(2)デジタル金融の普及による投資の活性化、(3)投資信託(特に積立型SIP)の普及がある。
  • 家計の金融資産構成は、従来の銀行預金・現金中心から、投資信託や株式を含むリスク性資産へのシフトが進んでいる。ただし、家計貯蓄率に大きな変化は見られず、消費と貯蓄のバランスを維持した中での投資拡大が特徴的である。
  • 「貯蓄から投資へ」の流れは、企業にとっては証券市場から資金調達を容易にし、成長投資の拡大を促す一方、家計は資産価格変動リスクへの対応が求められる。SIPを通じた積立投資が定着しつつある今、金融リテラシーの向上と制度的支援が一層重要となる。
  • 今後は、海外投資家の資金動向だけでなく、国内投資家の資金動向とその持続性を含めた視点から、インド市場を評価することが重要となろう。


■目次

1――はじめに
2――国内投資家の台頭
3――国内投資家の存在感が高まってきた理由
  (可処分所得の増加)
  (デジタル金融の普及による投資の活性化)
  (投資信託への資金集中)
4――家計の貯蓄率、金融資産の動向
  (投資率に追いつかない貯蓄率、横ばい圏で推移)
  (家計部門は主要な資金供給源、貯蓄性向は変化せず)
  (家計の金融資産拡大、貯蓄から投資への移行進む)
5――「貯蓄から投資へ」のシフトによる経済への影響
  (株式市場の活性化で、企業の成長投資に追い風)
  (家計はリスクと向き合いながらの資産形成へ)
6――おわりにインド株は昨年、上昇基調を維持していたが、同年10月から今年2月にかけて下落傾向が続いた。米国の利下げ観測の後退やインド経済の減速懸念、企業業績の下振れなどにより外国機関投資家の大幅な資金流出が発生したためだ。株価が軟調に推移するなかでも、国内機関投資家の安定した資金流入は続いており、相場の下支えとなっている(図表1)。本稿では、インド株式市場における国内機関投資家の市場シェア拡大やその背景を整理した上で、マクロ経済にどのような影響が及ぶのかを考察する。

2――国内投資家の台頭

インド株式市場における国内機関投資家1(Domestic Institutional Investors:DII)の存在感の高まりは、ここ数年で生じた変化ではなく、約10年前から始まっている。図表2の機関投資家の資金フローをみると、2010年代前半まではDIIの資金フローは外国機関投資家(Foreign Institutional Investors:FII)と比べて資金フローの規模が小さく、やや売り越し優勢で推移していた。しかし、2015年度以降はDIIの資金フローの規模がFIIを上回る年が多くなり、2020年のコロナ・ショックを除けば買い越しが続いている。

またインド国立証券取引所(NSE)上場株式の浮動株2保有状況をみると、FIIの保有シェアが最も大きく、2013年度から2020年度にかけては概ね40%を超えて推移していたが、その後は低下傾向が続いている(図表3)。一方、DIIは2015年3月の21.3%を底に上昇傾向が続いており、2025年3月は35.3%に達して遂にFII(34.5%)を上回った。また、個人投資家の保有シェアは2025年3月が19%と、10年前から+3.4ポイント上昇している。

1 国内機関投資家には、投資信託、保険会社、年金基金、銀行、開発金融機関、非銀行金融会社などが含まれる。
2 インド上場株式のうちプロモーター(創業者や筆頭株主など)の持ち株比率は50%程度あるが、実際に取引されることが少ない。ここでは実際に取引される可能性の高い浮動株を基準した値を用いた。

3――国内投資家の存在感が高まってきた理由

インド株式市場において、国内投資家の存在感が高まってきた背景には、(1)可処分所得の増加、(2)デジタル金融の普及による投資の活性化、(3)投資信託への資金集中の3点がある。(可処分所得の増加)
可処分所得の増加は中間層の投資行動を変えている。インドは世界の主要国の中でも最も急成長している国の一つであり、2022年から2024年の実質GDP成長率は平均+7.4%と高水準を維持している。企業収益の拡大が賃金上昇や雇用拡大につながり、都市部の失業率はコロナ禍のピーク時の20%超から足元では6%台まで低下している(図表4)。

また英ウイリス・タワーズ・ワトソン(WTW)が実施したアンケート調査によると、2025年のインド企業の平均給与は前年比+9.5%と見込まれており、過去4年間の平均増加率は年+10%近い伸びとなっている(図表5)。

このような雇用・所得環境の改善により、中間所得層が増加している。彼らは必需品だけでなく、耐久財や住宅の購入意欲が強く、さらに余裕資金を投資に回す傾向も強まっている。従来、インドの家計部門は安全性と安定性を重視して銀行預金や公共退職準備基金(PPF)などの安全資産に資金を置くのが一般的だった。しかし、現在では可処分所得の増加により個人のリスク許容度が高まり、株や投信などへの投資に傾斜する者が増えてきたと考えられる。

(デジタル金融の普及による投資の活性化)
インドでは、モディ政権が推進する国家デジタル政策「デジタル・インディア(2015年7月開始)」のもと、デジタル公共インフラ「インディア・スタック」が整備され、経済・社会のデジタル化が加速している。こうした環境の中、政府の金融包摂3政策やインターネットの普及も相まって、金融サービスを利用する者が急増している。

政府は2014年8月に国民皆口座政策「Pradhan Mantri Jan-Dhan Yojana(PMJDY)」を開始し、“インド版マイナンバー”とも呼べる国民識別番号制度「Aadhaar(2009年導入)」を活用することで、誰でも容易に銀行口座(PMJDY口座4)が開設できるようにした。これにより、融資や保険など様々な金融サービスへのアクセスが格段に向上した。また2013年1月にはシン前政権が「直接便益移転(Direct Benefit Transfer、DBT)」制度を導入し、Aadhaar番号と銀行口座を紐付けることで補助金や給付金を中間業者を介さず直接受け取ることが可能となった。この制度もPMJDY口座の普及を後押し、これまでに約5億5千万件の口座が開設されている(図表6)。こうした政府主導の金融包摂の取り組みにより、金融機関に口座を持つ成人の割合は2011年の35%から2021年には77%へと上昇した。
さらに、2016年に導入された電子送金システム「統合決済インターフェース(Unified Payments Interface 、UPI)」の普及により、スマートフォンを使った即時送金やQRコード決済が可能となり、電子決済が急拡大した(図表7)。同年11月の高額紙幣の廃止や、2020年の新型コロナウイルスのパンデミックによる非接触決済ニーズの高まりも、UPIの利用拡大を後押しした。現在では、インド全土で電子決済が日常的に行われている。
インターネットの普及も金融包摂の進展を後押ししている。インドの人口約14億人のうち、2024年時点で約6億9,000万人がスマートフォンを利用しており、インターネット利用率は2022年時点で55.9%と、過去5年間で37ポイント上昇している(図表8)。背景には、(1)中国製の低価格スマートフォンの流入、(2)リライアンス・ジオ・インフォコムの参入(2016年)による通信料金の低価格化、(3)コロナ禍におけるスマートフォン需要の急増がある。
こうしたデジタル環境の普及により、オンライン証券取引の利用も急速に拡大している。特にGroww(2016年設立)やZerodha(2010年設立)などのフィンテック企業が提供する低コストで使いやすいプラットフォームが登場したことで、若年層や初心者、地方在住者による投資参加が進んでいる。

その結果、インド国立証券取引所(NSE)の登録投資家数は2014年5月の約1,650万人から2025年1月には約1億1,000万人へと約7倍に増加している。


3 インド準備銀行によると、金融包摂とは社会のあらゆる層(特に社会的弱者層や低所得者層)が必要とする適切な金融商品・サービスへのアクセスを、公平で透明性のある方法で、手頃なコストで確保するプロセスであると定義されている。
4 PMJDY口座は基本貯蓄銀行口座(BSBDA)であり、最低残高が不要、預金残高に利息付与、傷害保険が組み込まれたRupayデビットカードの提供、当座貸越が利用可能といった様々な特典が用意されている。銀行口座を持つためのハードルを低くする役割を果たしている。

(投資信託への資金集中)
現在、インドでは投資信託業界が急成長している。背景には、銀行預金の金利低下によって「預金だけでは資産が増えない」という意識が都市部を中心に浸透したこと、そして株式市場の中長期的な好調を受け、投資信託で高リターンを得た事例が広く紹介され、投資への心理的ハードルが下がったことがある。

2010年代以降、業界5が進めてきた投資教育・啓発活動により投資家のリテラシーが向上し、インド証券取引委員会(SEBI)による規制整備も進んだことで、投資信託への信頼感が高まっている。

その結果、2024年3月時点におけるインドの投資信託業界の運用資産残高は約66兆ルピー(約110兆円)に達し、過去10年間で約6倍に拡大している(図表10)。

投資信託が人気を集める理由としては、(1)分散投資によるリスク軽減、(2)少額から始められる点、(3)専門家に運用を任せられる手軽さなどが挙げられる。特に、投資経験の少ない若年層の新規参入がさらなる普及を後押ししている。

中でも、積立投資制度「Systematic Investment Plan(SIP)」は、初心者にも人気が高い。SIPでは、毎週・毎月・毎四半期など一定の頻度で、最小500ルピー(約800円)から自動で積み立てができる。ドルコスト平均法を活用することで価格変動リスクを平準化でき、市場動向を気にせず投資できる点が支持されている。

また、SIPを通じて株式連動型貯蓄スキーム6(Equity Linked Saving Scheme:ELSS)に投資した場合、税制優遇措置が受けられることも魅力となっている。

インド投資信託協会(AMFI)によれば、SIP経由で投資信託市場に参加する投資家は急増しており、2024年度には毎月40万~60万件が開設され、2025年3月時点で累計口座数は1億53万件と、総人口の約7%に相当する規模に達している。また、2024年度のSIP拠出額は前年比32.2%増の2兆6,343億ルピー(約4兆3,887億円)となり(図表11)、海外からの年間資金流入額を上回る水準となっている。

一方で、インドの投資信託における海外投資には依然として厳しい規制が課されている。現状では、業界全体で最大70億ドル(約1兆500億円)、1社あたり最大10億ドル(約1,500億円)までの海外投資しか認められていない7。これは、規制当局が国外への資金流出を抑制する意図によるものであり、業界からは規制緩和の要望があるものの、当面は慎重な姿勢が維持される見込みである。


5 2012年10月、インド証券取引委員会(SEBI)が資産運用会社(AMC)に対して純資産額(日次ベース)の0.02%を投資家教育・啓発活動に費やすことを義務付けた。また2017年3月にインド投資信託協会(AMFI)は投資家教育プログラム「Mutual Fund Sahi Hai」を開始し、幅広い層に対して様々なメディアを通じて投資信託を投資の選択肢として検討するよう啓発・促進している。
6 株式連動型貯蓄スキーム(ELSS)は1961年所得税法 第80C条に基づく税制優遇措置の対象となっており、投資期間3年以上で長期的なキャピタルゲイン税の優遇(最大 15 万ルピーの税額控除)を受けられる。
7 インドの投資家は海外市場への投資意欲が強く、制限のある投資信託ルート以外に、自由化送金制度 (LRS) を通じて海外送金を行って米国株を含む外国株に投資することが可能となっている。年間25万ドル(約3,700万円)まで送金が可能だが、70万ルピー(約122万円)を超える金額に対して、投資目的の場合20%の源泉徴収税(TCS)が課される。
インド株式市場において国内投資家の存在感が高まるなか、家計部門の貯蓄率や金融資産構成に構造的な変化が生じているかどうかを確認してみよう。(投資率に追いつかない貯蓄率、横ばい圏で推移)
まず貯蓄率と投資率8貯蓄率の上昇は投資余力の拡大を通じて中長期的には経済成長を支える要因となる。もっとも、資本移動の自由度が高い国では、貯蓄が海外に流出したり、海外資本で投資が賄われたりするため、貯蓄と投資の相関は弱まりやすい。しかし、インドは資本規制が比較的強く、貯蓄と投資が強く連動しやすい構造にある(図表12)。

また、インド国内では生産活動に必要な資本ストックが不足しており、旺盛な投資需要を背景に、多くの時期で投資率が貯蓄率をやや上回っている。こうした資金不足は海外からの調達で補われてきたが、経常赤字は概ねGDP比0~2%の範囲内に抑えられており、海外依存には一定の限界がある。

したがって、将来的に投資率をさらに高め、持続的な経済成長を実現するには、国内の貯蓄率の引き上げが不可欠となる。しかし、インドの貯蓄率(GDP比)は世界金融危機以降に低下傾向をたどった後、過去10年間はおおむね30%前後で横ばいに推移しており、明確な上昇傾向は確認されていない。

8 貯蓄率はGDPに対する国民総貯蓄(国民所得から消費支出と政府支出を差し引いた金額)の割合を表す。また投資率はGDPに対する総固定資本形成の割合を表す。
(家計部門は主要な資金供給源、貯蓄性向は変化せず)
部門別の資金過不足の推移を見ると、家計部門は一貫して高水準の貯蓄超過を維持しており、これは所得の増加や人口構成の変化を背景とする。一方で、企業部門および政府部門は投資超過の状態にあり、結果として家計が経済成長に必要な投資を支える主要な資金供給源となっている(図表13)。

加えて、家計貯蓄率(可処分所得から消費支出を引いた残額をGDPで割った値)の推移を見ると、コロナ禍前後に一時的な上下はあったものの9、全体としては過去10年間にわたり20%前後で推移している(図表14)。この動きは、国全体の貯蓄率とも整合的である。

近年、株式市場における国内投資家の存在感が増しているとはいえ、家計が消費を抑制してまで貯蓄を優先しているわけではなく、家計の貯蓄性向に構造的な変化は見られない。
(家計の金融資産拡大、貯蓄から投資への移行進む
家計のストックベースの資産・負債データを確認すると、金融サービスの普及や利用拡大を背景に、金融資産・負債ともに増加傾向にある。

まず、家計の金融資産残高(GDP比)は、2023年3月時点で135%に達し、過去10年間で+26.4ポイントの増加となった(図表15)。とくにコロナ禍では、資産価格の上昇に加え、消費の急減や政府の給付金により金融貯蓄が大きく増加し、金融資産残高が急伸した。
一方、金融負債残高(GDP比)は2023年3月時点で37.8%10となり、こちらも過去10年間で+7.2ポイントの増加が見られた。コロナ禍においては、生活の困窮により銀行やノンバンクの金融機関からの借入れが増え、家計負債の増加が加速した。

さらに、家計の金融資産の構成を見ると、依然として現金および銀行預金といった伝統的な貯蓄手段の保有割合が高いものの、2012年3月から2023年3月にかけて約10ポイント低下している(図表16)。これに対し、株式や投資信託の保有割合は6.4ポイント上昇しており、家計の金融資産構成が貯蓄重視から投資志向へと徐々にシフトしている様子がうかがえる。

9 2020年は新型コロナの感染対策として実施したロックダウンにより家計が消費を抑制したため、家計の貯蓄率は一時的に上昇した。その後、経済活動が再開すると、「コロナ貯蓄」の取り崩し局面に入ったため、家計の貯蓄率は低下した。
10 国際決済銀行(BIS)によると、家計債務(GDP比)が80%を超えると、長期的な経済成長が阻害される可能性があると指摘されているが、現在のインドの水準(約40%)は懸念されるものではない。

5――「貯蓄から投資へ」のシフトによる経済への影響

(株式市場の活性化で、企業の成長投資に追い風
企業部門は「貯蓄から投資へ」のシフトによって資金調達環境が改善されると考えられる。家計が株式や投資信託といったリスク性資産を保有するようになることで、企業は従来の銀行融資に加え、証券市場からも資金調達がしやすくなる。

銀行は元本保証のある預金をもとに貸出を行うため、信用リスクの高い企業への融資には慎重になりやすい。一方で、株式市場を通じた資金調達は返済義務を伴わないため11、企業は資金繰りの悪化を過度に心配せず、成長投資に資金を振り向けやすくなる。

特に収益が不安定で銀行融資を受けにくい成長企業やスタートアップにとって、リスクを取る投資家からのエクイティ・ファイナンスは有効な選択肢となる。こうした企業にリスクマネーが供給されれば、研究開発や新規事業への取り組みを通じて産業の高度化が期待される。さらに、証券市場が活性化し、新規株式公開(IPO)への投資家需要が高まることで、企業はより有利な条件で資金を調達できるようになる。インドのIPO市場は好調に推移しており、件数・調達額ともに増加傾向にある(図表17)。2024年にはIPO件数がアメリカを上回り、インドが初めて世界一となった。この背景には、コロナ禍を契機とした経済構造の変化や、テクノロジー企業を中心とする新興企業の台頭がある。特にスタートアップの間ではIPOを活用する動きが顕著に見られる。

なお、日本ではNISA(少額投資非課税制度)により全世界株型のインデックス投資信託が人気を集めているように、インドでも海外投資が拡大すれば、海外への資金流出によって資金調達コストの上昇や自国通貨の下落といったリスクが懸念される。しかし、インドの投資信託業界には海外投資に対する比較的厳格な規制が存在しており、現時点ではこうしたリスクは限定的とみられる。

11 エクイティ・ファイナンスは返済義務がない反面、株式発行により経営権を脅かされるリスクを抱える。
(家計はリスクと向き合いながらの資産形成へ
資産運用の観点から見ると、リターンを生まない現金や、ローリスク・ローリターンの預金に代わり、株式や投資信託といったハイリスク・ハイリターンの運用手段が選ばれるようになるため、家計部門は金融市場の価格変動に左右されやすくなる。

たとえば株価が上昇した場合には、金融資産の価値が増加することで「資産効果」が働き、家計の消費意欲が高まって経済成長を押し上げる効果が期待される。インドでは社会保障制度が十分に整備されていないため、金融資産が増えたとしても必ずしも消費が喚起されるとは限らないが、都市部の中間層や若年層を中心に資産運用が浸透しつつあり、投資利益を住宅・自動車の購入や旅行、教育、医療といったサービス支出に充てる動きは続くだろう。もっとも、家計の金融資産に占める株式・投資信託の割合は依然として2割未満にとどまっており、大部分は現金や預金が占めている(図表18)。このため、株式・投資信託の保有比率が5割を超えるアメリカの家計と比べると、インドの家計は資産価格の変動に対して相対的に鈍い反応を示すと考えられる。

反対に、株価が下落すれば家計の金融資産は目減りし、特に中間層を中心に将来不安が高まって消費を控える傾向が強まり、経済成長にマイナスの影響が及ぶ(いわゆる逆資産効果)。

こうした下落相場において留意すべきは、現在の家計部門における「貯蓄から投資へ」の流れが構造的な要因と上昇相場要因によって支えられているということだ。インドではSIP(積立投資)を通じた投資信託への資金流入が広く定着しており、定期的かつ安定的な資金流入が株式市場の下支えとなっている。その結果、短期的な下落相場でも投資家心理の動揺は限定的であり、一定の市場安定が保たれている。

ただし、こうした構造も長期的な下落相場が続いた場合には変化が生じる可能性がある。実際にインド株式市場では、これまでにも3~5年程度の低迷期が繰り返し観測されており、今後も同様の局面が訪れる可能性は高い。その際、SIPを通じて投資を行っている層が、数年間にわたり損失を被り続けると、「投資は損をするものだ」という認識が広がり、定着しつつあった投資文化が後退し、リスク性資産への投資が敬遠されるようになってしまうかもしれない。

積立投資は本来、価格が下落した局面でこそ平均購入単価を引き下げる効果を発揮し、長期的な資産形成を支える仕組みとなっている。だからこそ、投資家が長期の下落相場に直面した際にも、途中で投資をやめることなく、積立を継続できるかどうか、インドにおける投資文化の真の定着が問われる試金石となるだろう。

6――おわりに

新興国株式市場は、経済成長の期待から中長期的なリターンが見込まれる一方で、市場の流動性や制度の脆弱性から短期的には大きな価格変動リスクを伴うのが通例である。特に、国内投資家層が未成熟な市場では、海外資金の流出入が株価に与える影響が大きく、市場の安定性を欠く傾向がある。

その中で、現在のインド株式市場は構造変化が進んでいる。個人投資家の裾野が拡大し、投資信託、特にSIP(積立投資)を通じた資金流入が定着しつつある。実際、海外投資家による売り越し局面においても、国内資金が株価を下支えする構図が確認されており、市場安定に寄与している。可処分所得の増加やフィンテックの普及がこの流れを後押ししており、今後も国内投資家のプレゼンスは一段と高まることが予想される。

ただし、この「貯蓄から投資へ」の動きが一時的なトレンドで終わるのか、あるいは構造的な変化として定着するかどうかが、今後の焦点である。相場の下落局面でも投資行動を維持できるかどうかは、個人投資家のリスク許容度や金融リテラシーの成熟度に左右される。投資文化の持続可能性を高めるには、金融教育の充実、投資家保護制度の強化、信頼性の高い商品提供といった支援が不可欠だ。

また、政策当局や金融機関には、長期的な資産形成を促す環境整備と同時に、投資家の動向や行動変容に対する継続的なモニタリングも求められる。市場安定の観点からも、家計部門によるリスク性資産への資金供給が持続するかどうかは、インド経済全体にとって戦略的に重要である。

本稿で整理した通り、インド市場は従来の海外依存型から、国内投資家主導の市場へと変化しつつある。今後の投資判断においては、海外投資家の動向に加え、国内投資家の資金動向やその持続性に注目することが一層重要になるだろう。