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ドル安の背景にある米国の威信低下

2025/06/13 15:26

悪材料が重なり日経平均株価は続落 本稿執筆現在(13日前引け時点)、東京株式市場で日経平均株価は続落となっている。午前の終値は前日比で500円あまり下げた。今日は悪材料が重なった。まず、1)昨日米国で発表されたPPI(卸売り物価指数)でインフレの鈍化傾向が鮮明となり、前日のCPI(消費者物価指数)の鈍化と併せてFRB

悪材料が重なり日経平均株価は続落

本稿執筆現在(13日前引け時点)、東京株式市場で日経平均株価は続落となっている。午前の終値は前日比で500円あまり下げた。今日は悪材料が重なった。まず、1)昨日米国で発表されたPPI(卸売り物価指数)でインフレの鈍化傾向が鮮明となり、前日のCPI(消費者物価指数)の鈍化と併せてFRB(米連邦準備制度理事会)の利下げ観測が台頭、ドルが売られ円高となったこと。2)寄付き直後にイスラエルがイランの核関連施設を攻撃したと伝わり、リスクオフが強まったこと。さらに言えば、通常は「有事のドル買い」となるところが前述の通り、米国の利下げ観測に加え、トランプ関税によるドル離れの基調があるためドルに資金が回帰しない。結果的に安全通貨との印象が強い円が強くなる構図だ。さらに、3)トランプ米大統領が自動車関税の引き上げの可能性に言及したことがある。これは来週15日からのG7サミットの場で日米首脳会談によって通商交渉を一気に決着させようとしているタイミングだけに、非常に間の悪い話だ。

それでも下げは限定的だ。日経平均の下げ幅は一時600円を超えたものの、その後は下げ渋っている。

まず中東の有事だが、基本的に短期収束のシナリオを市場は見込んでいると思われる。イランの報復攻撃は必至だが、ともに施設への攻撃にとどまり人的被害はないだろう。そうなると戦争を好まないトランプ米大統領がイスラエルを止めに入るだろう。

ドルの弱さの根底にあるもの

それにしても、イスラエルのイラン攻撃は、なぜこのタイミングだったのか。トランプ米大統領は、イスラエルのネタニヤフ首相に対し、イランに軍事攻撃を行えば核合意に向けた交渉の妨げになるとして、自制を求めたと5月末にBloombergが報じている。「核合意に向けた交渉」とはオマーンでの米・イランによる新たな核交渉(第6ラウンド)だ。米国とイランは合意間近だった。それはイスラエルにとってバッドニュースだ。つまり、米国とイランが合意に至れば、「共通の敵」を失うことになるからだ。

しかし、あらためて思うのは米国という国の「威光」がどんどん失われているということだ。それが急速に露見している。レアアースを巡る今回の米中交渉では、レアアースという切り札を中国に握られている以上、当然の結果といえばそれまでだが、米国は中国に完敗だった。

ロシア・ウクライナの仲介役を買って出たはずのトランプ大統領はロシアのプーチン大統領に完全に丸め込まれている。先月下旬、トランプ氏はプーチン大統領との電話協議で、即時停戦についての合意を得られなかった。ウクライナのゼレンスキー大統領とも電話協議を行ったが、ロシアとウクライナによる直接交渉を主張するなど、もう仲介役を事実上「降りる」と言っているに等しい。ロシア・ウクライナ情勢はロシアの優勢が目立つ。

そこにきて今回のイスラエルのイラン攻撃だ。前述の通り、トランプ氏はイスラエルのネタニヤフ首相に対し、イランに軍事攻撃を行えば核合意に向けた交渉の妨げになるとして、自制を求めたはずだが、イスラエルはそれを振り切ったということだ。

こうした米国の国際社会でのプレゼンスの低下がドルの弱さの根底にあるのかもしれない。有事でドル買いが起きなかった理由がそうだとすれば、非常に怖い話である。

単なるインフレ鈍化や景気減速で利下げ観測によるドル安で済まない恐れがある。

関税や債務などの経済問題だけでなく、トランプ氏の政策は「米国の強さ」の源泉を衰退させるものだ。ハーバードなど大学との確執、留学生受け入れの問題、カリフォルニア州での州兵派遣問題など米国の自由と平等、知の創造を重視する風潮などイノベーションの源泉をすべてぶち壊すものだ。

そこに国際社会での米国のプレゼンス低下が「米国離れ」を生んでいるのだろう。

ここでの困った問題は、トランプは中国やロシア、イラン、そしてイスラエルでさえ思うように渡り合えないので、「いうことをなんでも聞く相手」=日本(と韓国)にだけ、強気姿勢でふるまう可能性があることだ。

それが自動車関税の引き上げの可能性に言及したことだ。米国の自動車市場では日本車と韓国車が米国メーカーの唯一の競争相手である。ほかの関税は下げても自動車は下がらない可能性が高いと思う。その理由は、日本と韓国相手に譲歩する必要がないからである。

その意味で、来週のカナダでのG7サミットの場での日米首脳会談は予断を許さないだろう。

広木 隆 マネックス証券 チーフ・ストラテジスト