
近年の生成AIの動向は、テック業界におけるトピックのひとつであることを超えて、各国の経済や国際競争にも影響を及ぼしている。日本やアメリカをはじめとするAI主要国は、生成AIを主戦場とする国際競争に勝利すべく、それぞれAI政策を立案・施行している。そこで本稿は、2025年におけるそうした国々のAI政策をまとめたうえで、生成AIを巡る戦いの行方を見通す。
■“事業者の協力義務”を明記した日本の「AI法」
まずは本稿で取り上げる日本、アメリカ、EU、イギリス、そして中国のAI政策名、その概要と経済効果をまとめた表を掲載する。
日本のAI政策については、日本経済新聞が2025年5月28日、AIの開発促進と安全確保の両立をめざす「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(通称「AI法」)が28日の参院本会議で可決、成立したことを報じた(※1)。
17の条文から構成されたAI法の内容は、内閣府直属のAI戦略会議が2025年6月2日に開催した会合において配布された資料「AI法の概要」(※2)に簡潔にまとめられている。
AI法は、AIによるイノベーションを推進しつつ、偽情報の拡散などのAIによるリスクにも対応するために、既存の法律では対処しきれない事態にも対処できるように制定された。
同法で注目すべきは、事業者の責務として「国等の施策に協力しなければならない」と明確に法の遵守を明記しているところである。生成AIの安全な利活用について、日本政府はこれまで罰則などの“ハードロー”は設けずに、各業界団体の自主的なガイドラインの運用を中心とする“ソフトロー”によって対処してきた。しかしながら、AI法において事業者の協力義務を明記した以上、そうした義務に違反した場合の何らかのハードローを制定する可能性がある。
AI法の今後の運用についても、前述のAI戦略会議の会合において資料が配布された(※3)。その資料によれば、日本政府はAI法の公布から3カ月以内にAI戦略本部を設置して、AI法を実施するための「AI基本計画」を策定する。「AI法」制定が5月28日なので、AI戦略本部は、今年9月末までには始動するだろう。
現時点では「AI基本計画」の具体的内容は不明だが、後述する他国の状況や計画を踏まえると、GPUなどの計算資源を集約したAI研究開発ための巨大データセンターの建造計画や、AI人材の育成支援が盛り込まれるかもしれない。
■AIインフラへの投資に“お墨付き” アメリカの「AI行動計画」
アメリカ・ホワイトハウスは2025年7月23日、同国がAIを巡る国際競争に勝利することを目的として制定した「AI行動計画(AI Action Plan)」を発表した(※4)。同計画は「イノベーションの加速」「アメリカ製AIインフラの構築」「国際外交・安全保障の主導」を3本の柱としたうえで、90以上の具体的政策が盛り込まれている。これらの政策の概要をまとめると、以下のようなものになる。
・アメリカ製AIの輸出:同国の商務省と国務省は産業界と提携して、ハードウェアやアプリを含むAI輸出パッケージを同盟国に提供する。
・データセンターの迅速な構築:データセンターや半導体工場に対する許認可の迅速化と近代化を図る。
・イノベーションの促進:AIの開発と普及を妨げている煩わしい規制を撤廃する。
以上の内容は、第2次トランプ政権で明確となった、“規制を緩和してAI研究開発を促進することで国際競争に勝利する”というアメリカのAI政策を具体化するものとなっている。
AI研究開発を目的としたデータセンターの建造は、すでに始まっている。例えば、OpenAIは2025年7月22日、同社とデータベース大手・Oracleが共同してアメリカ国内のデータセンターを開発することを発表した(※5、本稿アイキャッチ画像は同データセンターの建設現場)。
以上のデータセンター開発は、今年1月に発表されたアメリカのAIインフラを強化する国家的プロジェクト「Stargate Project」の一環として行われている。今回のデータセンター開発に伴って、10万人を超える雇用が生まれる見込みだ。
イギリス大手メディアのThe Guardianは2025年8月2日、アメリカの巨大AI企業のAIインフラ投資を特集した記事を公開した(※6)。その記事によれば、これらの企業は2025年にAIインフラに対して、1550億ドル以上の投資を行っている。具体的には、Googleの親会社であるAlphabetが400億ドル、Metaが307億ドル、Amazonが557億ドル、そしてMicrosoftが300億ドルをそれぞれ投じている。
AI行動計画が発表されたことで言わば“お墨付きを得た”ので、アメリカの巨大AI企業によるAIインフラへの投資は、ますます拍車がかかるだろう。
■EUは「AIファクトリー」、イギリスは「AI成長ゾーン」を計画
EUとイギリスも、2025年にそれぞれのAI政策を発表している。EUの政策執行機関である欧州委員会は2025年4月9日、AIを巡る競争力を強化することを目的とした「AI大陸行動計画(The AI Continent Action Plan)」を発表した(※7)。
EUのAI政策全般を解説した欧州委員会公開のウェブページによると、以上の計画には、AIファクトリーとギガファクトリーの設立、民間投資を刺激する「InvestAI Facility」「AIスキル・アカデミー」の立ち上げなどの施策が含まれている(※8)。
AIファクトリーとは、AI研究開発を推進するために大規模な計算資源と優秀な人材を集結させた拠点を指す。欧州委員会は、こうした拠点とその関連施設を2025年から2026年にかけて、少なくとも15カ所稼働させる計画を打ち出している。建設場所はフランスやドイツのようなEU主要国、フィンランドやスウェーデンといった北欧諸国、さらにはブルガリアやポーランドのような東欧諸国が含まれ、EU全域に広がっている。この計画のために、2027年までに100億ユーロが投じられる予定だ(※9)。
そしてイギリス政府は2025年1月13日、同国における“AI革命”を推進する「AI機会行動計画(AI Opportunities Action Plan)」を発表した(※10)。この計画は、AI革命による達成項目を「経済的繁栄の共有」と「公共サービスの改善」、そして「個人的機会の増加」と定めたうえで、さまざまな施策を提言している。
イギリスの行動計画においても、AIインフラの拡充が掲げられている。そのために実施する施策の一部は、以下のようなものだ。
・AIRR(AI Research Resource:AI研究資源)の拡大:2030年までに現在の20倍にする。
・AIRRプログラムディレクターの任命:アメリカのDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency:国防高等研究計画局)をモデルとしたAI戦略を指揮する組織を設立し、その長を任命する。
・「AI成長ゾーン」の設立:AIインフラ施設にクリーンな電力を供給する地域を定める。
以上のように、EUとイギリスも巨大AIインフラの建造を国家的プロジェクトと位置づけている。
■半導体輸出規制に対抗する中国の2つのアライアンス
翻って、中国ではどうだろうか。中国のAI政策を知るには、内閣府直轄のAI制度研究会の第2回会合で提出された、弁護士の松尾剛行氏が作成した資料が役に立つ(※11)。
資料によれば、現在の中国のAI政策は、2017年に公表された「次世代人工知能発展計画」(通称「AI2030」)にもとづいているという。この計画は、2020年にはAI技術全体において世界における先進的水準を、2025年には一部分野で世界をリードする水準を、2030年にはAI技術全体において世界をリードする水準を目指すとしている。2025年初めにOpenAI製AIに匹敵する性能を実現した中国産の生成AI「DeepSeek」が登場したことを鑑みると、同計画は順調に進んでいると言える。
そして中国国営テレビ局傘下のメディア・CGTN日本語版は2025年3月11日、同国の最高国家権力機関・全国人民代表大会が発表した「2025政府活動報告」に関する記事を公開した(※12)。同報告書には、経済社会のさまざまな領域とAIを融合させる「AI+」行動が提唱されている。
「AI+」行動の背景には、過去の中国経済をけん引してきた不動産業の不況がある。不動産業に代わって、経済成長の新たなけん引役として期待されているのが、AIというわけだ。AIによる経済成長を推進するために、中国は自国の科学技術を強化する政策「自立自強」をかかげてきた。この政策の成果のひとつが、「DeepSeek」なのである。
ところで、中国のAI産業を語るうえで欠かせないのが、現在も続いているアメリカによる同国への半導体輸出規制である。こうしたなかロイター通信は2025年7月28日、半導体規制に対抗するために、同国のAI関連企業が2つのアライアンス(同盟)を結成したことを報じた(※13)。
1つめのアライアンスは「モデル・チップ・エコシステム・イノベーション・アライアンス」であり、主に中国のAI開発企業とAIチップメーカーが参加する。もう1つの「上海総商会AI委員会」にもAIチップメーカーなどが参加しており、AI技術と産業変革の深い統合の促進を目指す。
以上の2つのアライアンスから、近い将来、「中国製AIインフラ建造計画」が発表されるかもしれない。というのも、こうした計画なしではアメリカとのAI開発競争に対抗できないからだ。
本稿は、国際競争力に直結するAI研究開発に関して、各国の政策をまとめてきた。まとめてわかるのは、AI主要国はAIインフラ強化を目指して多額の投資を計画していることだ。こうした事実により、NVIDIAをはじめとするAIインフラ関連企業は大きく成長すると予想される。このように各国のAI政策は世界経済に大きな影響を与えるため、継続的に注目すべきだろう。
〈参考資料〉
(※1)日本経済新聞「AI技術の開発・活用を推進、悪用事業者は国に調査権 初の法整備」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA270UW0X20C25A5000000/
(※2)AI戦略会議(第14回)配布資料「AI法の概要」https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_senryaku/14kai/shiryou1-1.pdf
(※3)AI戦略会議(第14回)配布資料「今後のAI政策の進め方」https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_senryaku/14kai/shiryou1-2.pdf
(※4)The White House「White House Unveils America’s AI Action Plan」https://www.whitehouse.gov/articles/2025/07/white-house-unveils-americas-ai-action-plan/
(※5)OpenAI「Oracle との 4.5 GW パートナーシップにより Stargate をさらに強化」https://openai.com/ja-JP/index/stargate-advances-with-partnership-with-oracle/
(※6)The Guardian「Big tech has spent $155bn on AI this year. It’s about to spend hundreds of billions more」https://www.theguardian.com/technology/2025/aug/02/big-tech-ai-spending?utm_source=chatgpt.com
(※7)European Commission「The AI Continent Action Plan」https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/library/ai-continent-action-plan
(※8)European Commission「European approach to artificial intelligence」https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/european-approach-artificial-intelligence
(※9)European Commission「AI Factories」https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/ai-factories
(※10)GOV.UK「AI Opportunities Action Plan」https://www.gov.uk/government/publications/ai-opportunities-action-plan/ai-opportunities-action-plan
(※11)AI制度研究会(第2回)配布資料「中国のAIに関する制度」https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_kenkyu/2kai/shiryou5.pdf
(※12)CGTN日本版「2025年の中国経済 「AI+」とイノベーションが注目点 ~対外経済貿易大学・西村友作教授に聞く」https://japanese.cri.cn/2025/03/11/ARTI1741699402109466?utm_source=chatgpt.com
(※13)ロイター通信「中国AI企業、アライアンス結成 新製品も披露 上海の世界大会」https://jp.reuters.com/economy/industry/ZK6SJZFACZLPPBPPVG3TMPNLJA-2025-07-28/
(文=吉本幸記)