「失われた30年」と言われるように長らく経済の停滞が続いた日本。
現在は、9月8日に日経平均株価の最高値が更新されるなど経済の好調も報じられる一方で、物価高など生活の苦しさも社会問題となっています。
日本が真の意味で成長を果たすために必要なものは何でしょうか?
超人気エコノミストの河野龍太郎氏が日本経済の“死角”を論じます。(全3回の2回)
※本稿は、河野龍太郎著『日本経済の死角——収奪的システムを解き明かす』(ちくま新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
未完に終わった「新しい資本主義」
筆者自身は、人口減少の影響を除くと、日本の長期停滞が続いているのは、①儲かっても大企業が溜め込んで、賃上げや人的投資が長くおろそかにされてきたこと、②社会情勢が大きく変化して、家計の直面するリスクが大きく変化したにもかかわらず、それに応じた社会保障制度のアップグレードを政府が怠り、セーフティネットで包摂されない人が増えていること、などが理由だと長く考えてきました。そうした政策が手つかずのままだから、少子化も加速しているのではないでしょうか。
前掲のバナジーが喝破したように、確たる成長戦略は存在しません。効果の定かではない成長戦略に注力するよりも、所得再分配やセーフティネットのアップグレードなど、社会包摂を最優先すべきだと長く考えてきたのです。
2021年11月に岸田政権が発足した際、当初は、「新しい資本主義」のスローガンが掲げられたことから、岸田首相は、所得再分配やセーフティネットのアップグレードに本格的に乗り出すのだと、筆者は大いに期待していました。実は、2022年7月に慶應義塾大学出版会から上梓した『成長の臨界――「飽和資本主義」はどこへ向かうのか』は、「新しい資本主義」に向けた長期の課題を詳細に論じたものでした。
しかし、岸田政権では、従来の政権と同様、育児と仕事の両立や保育施設の整備、若年層の結婚・出産支援、児童手当の拡充などの少子化対策が進められたとはいえ、気が付くと、デジタル化の推進やGX(グリーンイノベーション)、地方創生、人材育成、サプライチェーン強化、外国企業誘致など、歴代政権が掲げてきた成長戦略の焼き直しとあまり変わらなくなってしまったことは、大変に残念なことでした。
生産性が上がっても実質賃金は横ばい
成長戦略ではなく、所得再分配が優先課題というと、驚く人もいるかもしれませんが、まず図1-1を見ていただきたいと思います。1998年を100として、日本の時間当たりの生産性と時間当たりの実質賃金の推移が描かれています。1998年から2023年までの間に、生産性は累計で30%ほど上昇していますが、実質賃金は横ばいのままです。いや、正確には2021年以降のインフレの影響もあって、1998年対比で2023年の実質賃金は3%程度減少しています。
ここで釘を刺しておきますが、2023年春闘から高めの賃上げが始まり、2024年春闘も高い賃上げになったのだから、この問題は既にケリが付いたなどと、考えてはいけないと思います。物価高に賃上げは全く追いついておらず、2024年半ばまでの3年間、実質賃金は減少が続きました。2024年夏頃に、ようやく下げ止まってきたところであって、ここからは、これまでの穴埋めが必要です。2025年以降の春闘でも、高めの賃上げを続けてもらわなければ、減少を取り返せません。
日本経済の死角——収奪的システムを解き明かす
著者名 河野龍太郎
発行元 ちくま新書
価格 1034円(税込)
河野 龍太郎/BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト・マネージングディレクター / 東京大学先端科学技術研究センター客員教授
1987年、横浜国立大学経済学部卒業。住友銀行、大和投資顧問、第一生命経済研究所を経て、2000年、BNPパリバ証券に移籍。23年より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員を兼務、25年より同大客員教授。日経ヴェリタス「債券・為替アナリスト エコノミスト人気調査」で24年までに11回、首位に選出。著書に『成長の臨界』、『グローバルインフレーションの深層』(ともに慶應義塾大学出版会)、『日本経済の死角』(筑摩書房)など。