2001年に政府が打ち出した「貯蓄から投資へ」。この流れは、新NISA制度などの手助けもあり、ますます加速しています。
個人による投資が拡大する中、人々のお金を預かる銀行でも大きな変化が起こりました。
2000年前後に始まり銀行の新たな業務として拡大・定着した投資信託や保険の窓口販売、通称「窓販」の世界から、その変化について論じます。(全3回の3回)
※本稿は、菊地敏明著『銀行ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を抜粋・再編集したものです。
なぜ「貯蓄から投資へ」が必要なのか
「顧客本位の業務運営」の浸透もあって大きく変化した銀行は、「貯蓄から投資へ」を推進 する日本において、ますます重要な役割を担うことになるのでしょう。けれども、そもそも本当に「貯蓄から投資へ」が必要なのか、懐疑的な人も少なくないはずです。ネットやSNSの書き込みの中にも、「政府は国民の預金を奪おうとしている!」といった陰謀論を唱えるものがあったりします。
ここで改めて、「貯蓄から投資へ」がなぜ必要なのか、その意義を考えてみましょう。まずは、日本の少子高齢化の現状を国立社会保障・人口問題研究所が2023年に公表した「日本の将来推計人口(令和5年推計)」でみてみると、2020年には現役世代(15~64歳)2.1人で高齢者(65歳以上)1人を支えている状況が、2038年には1.7人で1人を、2070年には1.3人で1人を支える状況になると推計されています。
2024年7月には、5年に1度行われる公的年金の「財政検証」の結果が公表されました。それによると、現役世代の男性の平均手取り収入に対する年金額の割合を示す所得代替率の見通しは、さまざまな前提によっても異なるものの、もし経済の状況が過去30年と同程度であれば、2024年度の61.2%が、2060年度には50.4%になると予想されています。つまり、現役世代の平均収入の半分程度しか年金では賄えないわけです。2019年の前回の財政検証よりも改善した部分もありますので、「年金崩壊」などと過度に悲観的になる必要はないにしても、依然として楽観できない状況ではあるでしょう。
だからこそ、自助努力で公的年金を補わなければならず、その手段の1つが資産運用なわけですから、「貯蓄から投資へ」が必要になるのです。そのため、政府も単に呼びかけるだけではなく、その推進役となる銀行などの金融機関に「顧客本位の業務運営」を徹底させ、さらにNISAのような税制優遇制度を作ったり、iDeCoのような私的年金制度を拡充させたりと、さまざまな後押しをしてきました。
個人投資家が増えれば日本の成長につながる
もっとも、いくら資産運用を始めても、結果として資産が増えなければ意味がないのも確かでしょう。ただし、それはマーケット次第のところもありますし、投資である以上は必ず儲かるなどと言い切ることはできません。それでも、金融庁が公表している資料によると、米国の家計金融資産は2022年末の時点で1京4517兆円、一方の日本は2023年9月末時点で2121兆円。注目したいのが増加率で、米国は2002年からの20年強で3.3倍になっているのに対し、日本はわずか1.5倍にとどまっています。しかも、米国ではそのうち運用によるリターンで2.4倍になっているのに対し、日本はわずか1.2倍。この数字をみても、運用の有効性と「貯蓄から投資へ」の必要性がわかるのではないでしょうか。
また、米国では多くの個人投資家の資金が、株式市場を下支えしている面もあります。日本でも同様に個人投資家が増え、それが日本の株式市場の後押しになれば、企業の成長にもつながるはずです。企業が成長すれば賃金も上昇し、消費が拡大することで企業の売り上げも増加します。企業の成長によってさらに株価が上昇すれば、投資家はそのリターンを得られます。つまり、投資家、企業、従業員がそれぞれ恩恵を受けられるという「好循環」が生まれるのです。それが「貯蓄から投資へ」の意味であり、その担い手となる銀行の役割もこれからますます重要になるのでしょう。
そうした中、前回触れた手数料に関しても、新たな取り組みが始まろうとしています。単なる販売からコンサルティング営業へと舵を切る中、販売手数料や信託報酬の位置づけも変わりつつありますが、そもそも商品に紐づけること自体に少し無理があるのは否めません。そのため、顧客の投資資産額に対して、例えば1%といったように一定の料率で手数料を取るといった仕組みが模索されているのです。
そうすると、顧客の資産が増えれば銀行の収益も上がることになり、いわゆるWin-Winの関係になれるわけですね。さらに、商品とは関係なく、ファイナンシャルプランニングなどのコンサルティング自体に手数料を取るといった取り組みも一部の銀行では始まっていますから、今後も窓販のあり方はさらに変化していくことになるのでしょう。銀行にとって窓販は「第4の業務」の中心であるのにとどまらず、「貯蓄から投資へ」の担い手としての社会的な使命でもある。そういっても過言ではないのかもしれません。
銀行ビジネス
著者名 菊地敏明
発行元 クロスメディア・パブリッシング
価格 1848円(税込)
菊地敏明/金融エディター
1969年生まれ。横浜市出身。1993年に学習院大学を卒業後、月刊総合誌、ビジネス書などの編集に携わる。大手教育関連企業の出版編集室を経て、2007年に株式会社想研入社。同社が発行する金融情報誌『Ma-Do』で投資信託を中心とする資産運用ビジネスの情報を取り扱い、銀行や証券会社、運用会社などの取材も数多く手がける。長らく同誌編集長を務め、2019年には執行役員に就任。2023年にフリーランスに転身し、引き続き『Ma-Do』特任シニアエディターを務める傍ら、さまざまな金融コンテンツの作成に携わる。