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「放っておいて!」否定すれば離れていく…“借金お布施”の母と向き合う娘の対話の行方

2025/10/20 21:00

<前編のあらすじ> 結婚の報告をしに実家へ戻った桃子は、母・頼子の祝福に包まれる。だが家のあちこちに同じラベルの瓶や霧吹きが置かれ、台所でも「水」を勧められる違和感が募る。 夕食の席で桃子は意を決し、瓶のマークが新興宗教のものだと告げる。頼子は、父の死後に続く「病院の音」に苦しみ、集まりと水に救いを感じたと打ち明け

<前編のあらすじ>

結婚の報告をしに実家へ戻った桃子は、母・頼子の祝福に包まれる。だが家のあちこちに同じラベルの瓶や霧吹きが置かれ、台所でも「水」を勧められる違和感が募る。

夕食の席で桃子は意を決し、瓶のマークが新興宗教のものだと告げる。頼子は、父の死後に続く「病院の音」に苦しみ、集まりと水に救いを感じたと打ち明けた。

翌朝、引き出しから現れたのは消費者金融の督促状。お布施のための借金だと知り、桃子は恐れを覚える。黙って見ていろと言う母に、言葉を失う。

●【前編】「お守りみたいなものよ」実家を満たす大量の水…宗教にのめり込む孤独な母と娘に押し寄せる不安

母を救いたい一心で頭を悩ませる桃子

午前の光がテーブルの上の封筒を白く照らしていた。桃子は深呼吸し、椅子を引いた。

「お母さん、これ、返済額がもう限界に近いよ。本当に……もうやめた方がいい」

「何をやめるの。私の祈りを?」

「祈ることを否定したいんじゃない。お金を借りてまでお布施を続けるのを、だよ」

会話はそこで折れて、沈黙だけが残った。冷蔵庫の微かな唸り、霧吹きのノズルが触れる硬い音。

桃子は唇を結び、「少し外で電話してくる」と言って玄関に出た。彼の番号を押すと、すぐに繋がった。

「どうした?」

「聞いて。母が今大変で……宗教に入ってるみたいで、お布施のために借金してるの。やめてって言ったけど、全然聞いてくれなくて、もうどうしたらいいか……」

しばらく黙ったあと、受話口の向こうで彼が静かに言った。

「正面から否定するだけじゃ逆効果かもしれない。まずはお母さんの気持ちを聞いてあげよう」

「頭ではわかってる。けど、怖いの。顔つきも、昨日と違って見えて」

「桃子、落ち着いて。その宗教のことを聞いてみたら? 入った経緯とか、具体的に何が支えになってるのかとか……それか、俺もそっち行こうか?」

「いや……大丈夫、ありがとう。聞いてもらって少し落ち着いた」

通話を切ると、指先がまだ震えていた。言い方を変えれば届くのかもしれない。しかし、封筒の数字がまぶたの裏で黒々と浮かぶ。苛立ちと、心配がせめぎ合って、呼吸が浅くなる。

対話を重ねることが重要

「お母さん」

居間に戻ると、桃子は母の前に座り直し、声を落とした。

「もう一度きちんと話そう」

「もう話したでしょ。私にはこれが必要なの」

「うん。だけど、借金のことは……」

「だから、放っておいて!」

2人の間に漂う息苦しい沈黙。桃子は唇を噛み締めた。彼の言う通り、話を聞こうと決めても、口の端から別の言葉が出そうになる。

結局、母娘の会話は平行線のまま、桃子が東京へ帰らなければならない時間となった。

  ◇

桃子は、婚約者と一緒に小さな相談室の椅子に座っていた。彼からの助言で、カウンセラーに相談してみようということになったのだ。

白い時計が、ゆっくり針を進めている。ティッシュの箱と水の入ったコップ。長い待ち時間の後、桃子はカウンセラーに思いの丈をぶつけた。

桃子は、父の死後に母が心身のバランスを崩していたこと。宗教にのめり込み、多額のお布施をするようになったこと。家じゅうに置かれた水瓶、契約書の束、そして自分の苛立ちを、思いつくままに話した。

だが、話を聞いたカウンセラーが穏やかに口にしたのは、先日彼に電話で諭されたのと同じような内容だった。

「否定や強制ではなく、対話を重ねることが重要」

桃子は「はい」と答え、視線を落とした。

無意識に劇的な何かを期待していたのだろう。当たり前とも言える回答に、落胆する自分がいた。

そんな私の心中を察したのか、彼がそっと手を握って言う。

「桃子、ゆっくり地道にお義母さんと話をするしかないよ。これからは俺も通うからさ、一緒に頑張ろう」

「そうだね」

彼が送ってくれるというのを断って、1人帰路につくと、部屋の中は不気味なほど静かだった。薄いカーテンがふわりと揺れて、遠くでサイレンの音が鳴っていた。

週2回の母娘の時間

桃子は仕事の合間を縫って、週に2度は実家へ通うようになった。定時で上がれた日はそのまま電車に乗り、最寄りのスーパーで食料品を適当に買って実家へ向かう。自然と母娘2人の時間が増えた。

「ただいま」

「桃子、おかえり。今日は随分早かったのね。仕事早く上がらせてもらったの?」

母は毎回エプロン姿で、桃子を出迎えてくれる。

「ううん、今日はたまたま定時で上がれたし、乗り換えもバッチリだったから」

「そう、それなら良かった。お腹空いてるでしょ? もうご飯炊けてるからね」

「ありがとう。お惣菜買ってきたから一緒に食べよう」

「いつも悪いね。毎回買ってこなくてもいいのに」

「私も食べるんだからいいんだよ」

「そう?」

パタパタとスリッパを鳴らして動き回る母の手には、やはり霧吹き。

いくら実家に足繁く通うようになったからと言って、問題がきれいさっぱり解決したわけではない。

最も重大なのは借金だ。催促状が届いていた分だけは、桃子が仕方なく肩代わりしたものの、借金自体はまだ残っている。

母曰くお布施の金額が減った分、返済ペースは上げられるとのことだが、桃子からするとかなり疑わしい。

一時期に比べると、数は減っているようだが、水に対するこだわりは続いているし、瓶は相変わらず家のあちこちにある。

「ねえ、お母さん。最近も集まりには行ってるの? みんなと会ってる?」

「ああ、それは月に1回にしたの。今は家で静かにする方が合ってる気がして」

「そっか。良いと思うよ。1人でゆっくりする時間も大事だからね」

母娘の間に流れる空気は、ほんの少しずつ柔らかくなっている気がする。桃子は、焦る気持ちを抑え、ひたすら母との対話を続けた。

「お布施も、前より少なくしてるしね。やっぱり無理しないで続けるのがいいと思って」

「うん、そうだね。あんまり無理すると、後でシワ寄せがくるからね」

母の言葉を否定せずに、まずは頷いてみせる。説得の熱量をいったん脇へ寄せ、肯定的に相槌を打っているうち、母は、話しながら時々目尻を緩めるようになった。

「桃子がそばにいてくれるからか、最近夜よく眠れるのよ」

そう言って、湯呑みに水を足す母。その言葉に、桃子は心がほどけるのを感じる。

夕食を終えると、どちらから誘うともなく2人で庭に出て、空を仰いだ。星は雲に隠れているし、隣家からテレビの音が低く響いている。

「お母さん、寒くない?」

「大丈夫。風、気持ちいい」

「そう」

「こうして外に出ると、少し落ち着くのよ。水やりもね、夜は音が違うの」

「どんな音?」

「柔らかい音。朝は、もっと跳ねる感じの」

「そっか」

沈黙が続いても、怖くない。

「来週も来るね」

「お米、炊いとく」

桃子がぽつりと言うと、母も空を仰いだまま応じる。その横顔は、以前より少しだけ生き生きとして見えた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

Finasee マネーの人間ドラマ編集班

「一億総資産形成時代、選択肢の多い老後を皆様に」をミッションに掲げるwebメディア。40~50代の資産形成層を主なターゲットとし、多様化し、深化する資産形成・管理ニーズに合わせた記事を制作・編集している。