米国では機関投資家や超富裕層に限られていたプライベート市場(Private Alternatives)への投資がこの20年間で一般投資家にも広がってきています。普及の一因はRIA(Registered Investment Advisor:登録投資アドバイザー)と呼ばれる資産運用のプロの存在にあります。顧客利益を最優先するRIAは、商品ありきの短期的な販売提案ではなく、顧客の人生に長期で寄り添いながら関係を構築していくアドバイザーであり、その在り方は近年、日本でも注目を集めています。
今回は、米国のプライベート市場の進化と個人投資家への拡大について、イリノイ州シカゴ近郊を拠点にRIAビジネスを展開するMidland Wealth Management社のポートフォリオマネジャーであるエミル・スキ氏(Emil Suqi, CFA)と同社リサーチチーム・リードを務めるジェイク・ステープルトン氏(Jake Stapleton)にインタビュー。米国の最前線から学びます。
米国でプライベート投資が民主化した理由
木村:前回の記事では、米国RIA(Registered Investment Advisor:登録投資アドバイザー)の仕組みや顧客本位の姿勢についてうかがいました。
●「信頼たる資産運用アドバイザーには理由(わけ)がある “進化”した米国の資産運用ビジネスから日本が学ぶべき点は何か? 【米国RIAの真実】」
今回は、米国で近年急速に拡大している「プライベート市場」に焦点を当て、RIAがどのように顧客に提案しているのかをお聞きします。米国では、プライベート市場への投資はこれまでどのように発展してきたのですか?
ジェイク:プライベート市場への投資の原型は20世紀以前から存在していましたが、現在の形が確立したのは1940年代半ばです。
アメリカン・リサーチ・アンド・ディベロップメント社(ARD)の設立により、民間資本が戦後の技術革新に投入される仕組みが整い、これがベンチャーキャピタル・ファンドの始まりとなりました。
1958年には中小企業投資法(Small Business Investment Act)が制定され、新興企業への長期資金の供給と民間投資の促進が進みました。
エミル:1960年代には、市場の動きに左右されない絶対収益を目指すヘッジファンド戦略が登場し、さらにKKRなどのプライベートエクイティ・ファンドが誕生します。一方で多くの企業年金は積立不足に陥り、1970年代初頭には受益者の間から制度への不信感が高まりました。
その転機となったのが1974年のERISA法(従業員退職所得保障法)です。受託者責任(fiduciary duty)を明確にし、年金資金が公開市場だけではなくプライベート・エクイティや不動産といった低流動性資産にも投資できるようになりました。これにより、プライベート市場の制度化が一気に進んだのです。
木村:かつては機関投資家や超富裕層だけの領域だったプライベート投資が、この20年間で一般投資家にも広がった要因は何でしょうか?
ジェイク:2000年代以降、規制改革やテクノロジーの発展、新しいファンド形態の登場が重なり、個人投資家にもアクセスが広がりました。
ブラックストーン、アポロ、カーライルなど大手マネジャーが競い、従来のバイアウト型※1からクレジット※2やインフラ投資※3へと対象を広げたことも市場拡大を後押ししました。
エミル:制度面では、適格投資家制度※4の緩和や2012年のJOBS法(Jumpstart Our Business Startups Act)※5により、より広範な投資家への勧誘が可能になりました。
また、2020年のSEC(米国証券取引委員会)改訂では対象がさらに拡大し、確定拠出年金への導入も議論されています。
規制緩和に加え、テクノロジーの進化も重要な要因です。プラットフォーム企業の登場で情報提供や取引が効率化され、オープンエンド型※6、インターバルファンド※7、BDC※8など新しいファンド形態が少額投資と一定の流動性を両立させました。
※1 バイアウト型…企業または事業の一部を買収し、経営改善により企業価値を高めたのちに売却することで利益を得る投資
※2 クレジット…融資
※3 インフラ投資…日常生活に欠かせない電気、ガス、水道、道路などの設備を作る企業などへの投資
※4 適格投資家制度…資金力や専門知識等の一定基準を満たした法人や個人を認定する制度
※5 JOBS法…スタートアップなどの新興企業の資金調達を促進し、成長や雇用を生み出すための規制緩和を定めた法律
※6 オープンエンド型…投資家がいつでも購入、解約できる形態のファンド
※7 インターバルファンド…定められた期間(インターバル)でのみ解約が可能な形態のファンド
※8 BDC…事業開発会社(Business Development Company)。主に未上場の中小企業に融資や投資を行う米国の投資会社
長期ポートフォリオの安定性を高めるプライベート資産
木村:プライベート資産は、RIAが顧客のポートフォリオを構築するうえで、どんな役割を果たしますか?
エミル:資産間の分散効果、安定的なインカムの創出、インフレへの耐性などにより、長期にわたってポートフォリオに安定性をもたらしています。
RIAは受託者責任を基に、戦略、運用者、流動性、顧客の目的との整合性を徹底的に検証します。
ジェイク:プライベート・クレジットや不動産はインカムの獲得やインフレヘッジに寄与する重要なドライバーです。伝統的な株式・債券と比べて情報も乏しく、従来は資産の管理も困難でしたが、昨今ではテクノロジーの進歩によって容易になっています。そのため、RIAは伝統資産とオルタナティブ資産を有機的に組み合わせ、より持続的な運用を実現できるようになっています。
木村:実際にRIAはどのようにプライベート投資案件を発掘し、評価しているのでしょうか?
ジェイク:RIAはファンド側からの提案だけでなく、業界関係者が集うイベントなどに参加し、直接情報を収集します。また、プラットフォーム企業を通じてオンライン上で詳細資料や第三者評価を比較検討することも一般的です。
エミル:有望な案件を絞り込んだ後は、運用者との面談を行い、戦略・リスク管理・報酬体系を入念に検証します。このプロセスはチームで行い、複数の専門家の視点を取り入れることで見落としを防ぎます。
木村:具体的なポートフォリオ組み入れの例を教えてください。
エミル:たとえば50代半ばの投資家が、退職口座と課税口座を保有しており、リスクを抑えつつ長期収益を目指すケースを考えましょう。プライベート資産を全体の15〜20%程度組み入れることで、非公開市場のリターンを享受しつつ、ポートフォリオ全体の流動性も確保できます。
ジェイク:内訳としては、プライベート・クレジットで安定収益を確保し、不動産・実物資産でインフレヘッジを行い、プライベート・エクイティで成長を取りにいく構成です。さらに税効率も考慮し、退職口座と課税口座で資産を適切に配分します。
受託者責任、透明性、投資教育が不可欠
木村: 日本のウェルスマネジメント業界が米国のRIAモデルから学べる点はありますか?
エミル:米国の経験が示しているのは、受託者責任、透明性、そして投資教育こそが業界の持続的成長に不可欠だということです。RIAが顧客利益を最優先にする仕組みが信頼を生み、長期的な顧客関係を築いています。
ジェイク:また、教育と制度の両面の高度化が重要です。今日の米国では投資家への教育を支える仕組みと、リスク管理を組み込んだファンド形態・デジタルプラットフォームの導入が、オルタナティブ投資の民主化を支えています。日本でも同様の環境整備が進めば、プライベート市場への健全なアクセスが広がるはずです。
木村:今後、プライベート市場はどのように進化していくと見ていますか?
ジェイク:今後は「セミリキッド型商品」が市場をリードするでしょう。つまり、非公開市場のリターン特性と一定の流動性を両立させる構造が求められているのです。
エミル:一方で、十分な運用経験やスキルを有していない運用会社の乱立や流動性のミスマッチ(原資産とファンド形態との間で流動性のギャップが生じるケース)など、新たな課題も生まれています。
アドバイザーには、マーケティング資料の裏側にある各マネジャーの運用哲学やガバナンス体制を見抜く力が求められます。市場の成長と健全性を両立させるためには、専門的な助言と慎重な判断がますます重要になるでしょう。
木村:今回の対談を通じて改めて感じたのは、米国において現在のようにプライベート資産が個人投資家にも浸透するまでには、長年にわたる法規制の整備、新たな投資スキームの開発、そしてテクノロジーに基づくプラットフォーム企業の登場といった複数の要素が積み重なってきたということです。
また、RIA業界は高い専門性をもって顧客の資産全体を俯瞰し、受託者責任に基づきプライベート資産を組み入れています。その背景には、高度な運用を支える制度的基盤と専門チームの存在があります。
一方で日本では、プライベート資産への投資を本格的に扱えるアドバイザーはまだ限られているようです。今後は、規制当局、法曹界、プラットフォーマー、そしてアドバイザーが一体となって、健全で透明性の高い産業を育てていくことが重要となります。専門性と信頼に基づいた日本のアドバイザリー文化が形成されていくことを期待しています。
注意事項
Midland Wealth Managementは、Midland States Bank、Midland Trust Company、および登録投資アドバイザーであるMidland Wealth Advisors, LLCが使用する商号です。
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木村 大樹/Keyaki Capital代表取締役CEO
野村證券でオルタナティブ商品の営業に従事した後、ニューヨークで証券化ビジネスに携わり、サブプライム危機に直面しながら問題解決に努める。帰国後はバークレイズ証券を経て、2012年にシティグループ証券の年金ソリューション部長、2015年からはマッコーリー・インベストメント・マネジメント日本代表。2020年に個人に公開されていない世界中のプライベートアセットへの投資機会を、充実感と高揚感に満ちた投資体験として提供するKeyaki Capitalを創業。一橋大学経済学部卒。
エミル・スキ/Midland Wealth Management ポートフォリオマネージャー/チームリード
米国イリノイ州に本拠を置くMidland Wealth Managementにて富裕層個人、財団、機関投資家向けのマルチアセット・ポートフォリオの戦略的運用を担当。各顧客の目標やリスク許容度に応じて、パーソナライズされた投資戦略を設計・実行することに注力。15年以上にわたる経験を持つ熟練の投資プロフェッショナルとして債券運用、マクロ経済の見通し策定、ストラクチャード商品、証券選定、トレーディング、経済予測モデルの構築など幅広い分野に精通。また、CFA協会の地方支部で理事を務めた経験もあり、投資コミュニティへの貢献も継続している。イリノイ大学シカゴ校にてファイナンスと経済の学士号を取得。CFA(米国証券アナリスト)資格保有。
ジェイク・ステープルトン/Midland Wealth Management リサーチチーム・リード
米国Midland Wealth Managementにてリサーチチームを率い、幅広いリサーチと分析を通じて顧客の資産配分を立案する。ポートフォリオマネジメント部門とアドバイザー部門の橋渡し役として、両部門と連携しながら最適な投資ソリューションを提供している。アドバイザー向けに最新の市場動向について、週次のマーケットアップデートや四半期見通しも提供。デポール大学でファイナンスの学士号、ノートルダム大学でファイナンス専攻のMBAを取得。