■要旨 年金額は年度ごとに改定されている。2025年度の年金額は、前年の物価上昇を受けて、+2.7%増額されたが、同時に、マクロ経済スライドによる調整(2025年度は-0.4%)により実質的には目減りとなっている。また、2026年1月には、2026年度分の年金額が公表される見込みであり、物価上昇が続く中で、その動向が
■要旨
年金額は年度ごとに改定されている。2025年度の年金額は、前年の物価上昇を受けて、+2.7%増額されたが、同時に、マクロ経済スライドによる調整(2025年度は-0.4%)により実質的には目減りとなっている。また、2026年1月には、2026年度分の年金額が公表される見込みであり、物価上昇が続く中で、その動向が注目される。
そこで本稿では、別稿で確認した年金額改定のルールが、2025年度分の改定でどのように機能したかを確認した。その要点は、次のとおりである。
- 本来の改定率の計算過程では、2024年(暦年)の物価上昇率が即時に反映された。
- 本来の改定率の計算に用いる実質賃金変動率は2~4年度前の平均であるため、3~2年度前のマイナスが4年度前のプラスで緩和された。
- 実質賃金変動率はマイナスとなり、67歳以下と68歳以上の本来の改定率がともに賃金変動率となった。
- 年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)も2~4年度前の平均であるため、コロナ禍が年金額に与える影響を抑えられた。
- 本来の改定率が前年の物価上昇を反映して一定程度のプラスになったため、年金財政健全化のための調整率はすべて反映された。
- この結果、2025年度の調整後の改定率(実際に適用される改定率)は、67歳以下と68歳以上の双方で3年連続の増額になったが、調整率の適用により年金額は3年連続で目減りした。
本来の改定率の特例は現役世代とのバランスを取るための仕組みであり、マクロ経済スライドは少子化や長寿化に対応するための仕組みとは言え、公的年金が収入の大半を占める高齢世帯にとっては厳しい改定となった。現役世代の賃金の伸びも物価の伸びに追いついていない中ではあるが、年金額の伸びは賃金の伸びよりも低いことや、その原因は現役世代の保険料率を固定するために導入されたマクロ経済スライドにあることを、改めて認識する必要があるだろう。
■目次
1 ―― 本稿の問題意識:2025年度の年金額改定を理解する
2 ―― 本来の改定率:物価上昇を反映しつつ、現役世代の実質賃金低下も反映して+2.3%
1|概況:前年の物価上昇を反映しつつ、過去3年度平均の実質賃金の低下も反映
2|詳細:近年の実質賃金の低下の影響が、3年度平均の効果で緩和
3 ―― 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド):調整率をすべて反映
1|概況:本来の改定率が一定程度のプラスとなったため、調整率をすべて反映
2|詳細:加入者増加率は、2021年度はマイナスだが、3年度平均により影響が緩和
4 ―― 総括:物価変動を早期に反映する仕組みと賃金や加入者の変動を平準化する仕組みが奏功。
ただし、年金額の伸びが物価の伸びや賃金の伸びを下回る点には再認識が必要年金額は年度ごとに改定されている1。2026年1月には、2026年度分の年金額が公表される見込みであり、物価上昇が続く中で、その動向が注目される。
そこで本稿では、別稿2で確認した年金額改定のルール(図表1)が、2025年度分の改定でどのように機能したかを確認する。

1 年金は原則として2か月分ずつ支給される。改定直後の4~5月分は、6月15日(この日が土曜や日曜の場合は直前の金曜日)に振り込まれる。
2 拙稿「年金額改定の本来の意義は実質的な価値の維持:年金額改定の意義と2026年度以降の見通し(1)」、
「将来世代の給付低下を抑えるため少子化や長寿化に合わせて調整:年金額改定の意義と2026年度以降の見通し(2)」
1|概況:前年の物価上昇を反映しつつ、過去3年度平均の実質賃金の低下も反映
本来の改定ルールは、年金額の実質的な価値を維持するという年金額改定の本来的な役割のための仕組みであり、年金財政の健全化中か否かにかかわらず常に適用される。2016年の改正により、2021年度分からは、賃金変動率(厳密には名目手取り賃金変動率)が物価変動率(前年(暦年)の物価上昇率)を上回れば原則のルールが、賃金変動率が物価変動率を下回れば特例のルールが適用される(図表2)。
2025年度の改定率の計算では、賃金変動率が+2.3%、物価変動率が+2.7%となったため、特例のルールが適用された。この結果、本来の改定率は、67歳以下と68歳以上の双方で、賃金変動率の+2.3%となった3。
2025年度の第1の特徴は、本来の改定率が一定程度のプラスとなった点である。別稿で確認したように(図表1)、年金額の改定で用いられる賃金変動率には、物価の変動になるべく早く対応できるよう、前年(暦年)の物価上昇率が組み込まれている。このため、67歳以下と68歳以上の双方で、2024年(暦年)の物価上昇を反映して、一定程度のプラスの値となっている。
第2の特徴は、本来の改定率が物価変動率を下回った点である4。67歳以下の本来の改定率は、年金の標準的な受給開始年齢(65歳)に到達するまでの賃金変動、すなわち現役世代の生活水準の変化を年金額に反映させるため、常に賃金変動率が使われる。これに対して68歳以上では、原則として、年金額の購買力を維持しつつ年金財政を改善するために、物価変動率が使われる5。しかし、物価変動率が賃金変動率よりも高い状況(図表2の特例)では、現役世代が物価の伸びよりも低い賃金の伸びで苦しんでいるため、世代間のバランスを考慮して、特例として68歳以上も本来の改定率に物価変動率よりも低い賃金変動率を使うことになっている(2021年度から)。2024年度に続き2025年度も、この特例に該当した。

3 厳密には、「67歳以下」は「67歳になる年度まで」、「68歳以上」は「68歳になる年度から」を指す。以下同じ。
4 2000年改正以前は、年齢を問わずに、毎年度の年金額は物価上昇率に連動して改定しつつ、約5年ごとの法改正によって過去5年分の賃金変動率を改定率に反映しており、長期的には賃金に連動する仕組みだった。しかし、2000年改正では、少子化や長寿化による財政バランスの悪化に対応するため、諸外国の中には受給開始後の年金額を物価水準の変化に連動する国があることが参照される形で、受給開始後(65歳以後)の年金額は賃金の伸びよりも低い物価の伸びに合わせて改定することになった。その後、2004年改正で前年(暦年)の物価上昇率と実質賃金変動率の2~4年度前の平均を合わせた名目手取り賃金変動率が適用される形になったことに伴い、改正前と同様に64歳時点までの賃金変動率が年金額に反映されるよう、物価の伸びに合わせて改定するのは68歳以降になった。
5 賃金変動率が物価変動率を上回る状況では、改定率に物価変動率を使うことで、年金財政の支出を左右する年金額の改定率が年金財政の保険料収入を左右する賃金変動率よりも低くなるため、年金財政が改善する方向に働く。
本来の改定率の計算過程を示したのが、図表3である。本来の改定率の計算に使用される賃金変動率(名目手取り賃金変動率)は、「前年(暦年)の物価上昇率+実質賃金変動率(2~4年度前の平均)+可処分所得割合変化率(3年度前)」で計算される。この計算要素の1つである物価変動率(図表3の①の列)は、前年(暦年)の消費者物価指数(総合)の上昇率が用いられる6。2025年度の改定率には、2024年(暦年)の消費者物価指数(総合)の上昇率(+2.7%)が使われた。
実質賃金変動率(図表3の②の列)は、2~4年度前の名目の賃金変動率を各年(暦年)の物価上昇率で割って実質化した値である7。ここで言う賃金は厚生年金の保険料や年金額の計算に用いられる標準報酬8であり、変動率は性・年齢別の人員構成が変化した影響を除去した値が用いられる9。2025年度の改定率には2021~2023年度の実質賃金変動率の平均が使用され、4年度前にあたる2021年度が前年度にコロナ禍の影響で低下した反動(増加率の分母が下がった影響)や行動制限の影響が少なかった業種で賃上げが堅調だった影響で+1.2%となったものの、3~2年度前にあたる2022~2023年度は大幅な物価の伸びに賃金の伸びが追いつかず-1.1%と-1.5%になった。これらを掛け合わせた3年度平均では、3~2年度前のマイナスが4年度前のプラスで緩和されて、-0.4%のマイナスにとどまった。
可処分所得割合変化率(図表3の③の列)は、可処分所得という名称が付いてはいるが、具体的には厚生年金の保険料率の引上げに伴う可処分所得の変化を反映するための項目である。2025年度の改定率に使用される可処分所得変化率は3年度前の2022年度の値になるが、厚生年金の保険料率は2017年9月に引上げが終了しているため、ゼロ%である。
これらの要素を掛け合わせた結果、2025年度の改定率に使用される賃金変動率(名目手取り賃金変動率)は+2.3%となり、これに図表2のルールを適用して、前述した本来の改定率が計算される(図表3の④の列)。

6 このため、年金額の改定率は前年(暦年)の物価上昇率が発表される日(1月19日を含む週の金曜日)に公表される。
7 賃金変動率は年度ベースで物価変動率は暦年ベースと両者の時期が食い違っているが、この方法で計算した実質賃金変動率に暦年の物価変動率を掛けて本来の改定率を計算するため、問題はないと考えられる。
8 標準報酬は、標準報酬月額と標準賞与額の年度合計。標準報酬月額は報酬月額をいくつかの段階に定型化したものであり、現在は8.8~65万円の32段階に分かれている。後述するように、原則としては年1回改定される。標準賞与額は、賞与の千円未満を切り捨て、上限を150万円とした値である。
9 これらの影響で、賃金上昇率として参照されることが多い毎月勤労統計から計算される値とは一致しない。
1|概況:本来の改定率が一定程度のプラスとなったため、調整率をすべて反映
年金財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)は、年金財政が健全化されるまで実施される仕組みであり、2004年改正で導入され、2015年度から適用が始まった。
年金財政健全化のための調整は、前述した本来の改定率に年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドのスライド調整率)を加味する形で行われる。2016年改正で調整率は必ずゼロ以下の値をとる形になったため、調整後の改定率は必ず本来の改定率以下となる。
ただし、この調整ルールには特例(いわゆる名目下限措置)が設けられている。特例は、a:原則どおりに調整率を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合と、b:本来の改定率がマイナスの場合、に適用される(図表4左の特例aと特例b)。大雑把に言えば、特例aは物価や賃金の伸びが小さいとき、特例bは物価や賃金が下落しているときに適用される。
2025年度の改定率の計算では、本来の改定率が67歳以下と68歳以上の双方で+2.3%で、調整率は前年度からの繰越分がなく-0.4%だった。そのため、67歳以下も68歳以上も図表4の「基本」に該当し、調整率がすべて反映された。この結果、2025年度の調整後の改定率(実際に適用される改定率)は、67歳以下も68歳以上も+1.9%となった(図表5)。また、67歳以下と68歳以上の両者とも調整率がすべて反映されたため、翌年度に繰り越される調整率は発生しなかった。


年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)の計算過程を示したのが、図表6である。調整率は、当年度の調整率と前年度から繰越された調整率の合計である。当年度の調整率は「公的年金加入者数の増加率(2~4年度前の平均)-引退世代の余命の伸びを勘案した率(0.3%)」で計算され、前年度から繰越された調整率は図表4のルールで計算される。
調整率の計算に使用される公的年金加入者数の変動率(図表6の⑤の列)は、2~4年度前の平均である。ここで言う公的年金の加入者は、国民年金の第1号被保険者と厚生年金の被保険者と国民年金の第3号被保険者であり、年度内の各月末の人数を平均した値(年度間平均)が用いられる。公的年金の加入者数が国民年金の第1~3号被保険者の合計となっていないのは、国民年金の第2号被保険者には厚生年金被保険者のうち65歳以上の人(老齢基礎年金の標準的な受給開始年齢以上の人)が含まれないためである。国民年金の第1号被保険者と第3号被保険者の対象年齢は20~59歳だが、厚生年金被保険者の対象年齢は69歳までであるため、高齢期の就労が進展して60代の厚生年金加入者が増えれば公的年金加入者数は増加する可能性がある10。
2025年度の当年度分の調整率には、2021~2023年度の公的年金加入者数の変動率の平均が使用される。4年度前にあたる2021年度はコロナ禍の影響があったためか微減となったが、3年度前にあたる2022年度と2年度前にあたる2023年度は、過去の少子化の影響を受ける一方で60代の厚生年金加入者の増加等によって公的年金加入者数が概ね横ばいだった。その結果、3年度平均では-0.1%になった(図表6の⑤の3年平均の列)。これに引退世代の余命の伸びを勘案した率(-0.3%、図表6の⑥の列)が加味され、2025年度の当年度分の調整率は-0.4%となった(図表6の⑤+⑥の列)。2025年度には前年度から繰り越された調整率がなかったため、この-0.4%が2025年度に適用すべき調整率となった。
そして、前述のように、本来の改定率が67歳以下と68歳以上の双方で+2.3%で、調整率が-0.4%だったため、67歳以下と68歳以上の両者とも図表4の「原則」に該当して調整率がすべて反映され、2025年度の調整後の改定率(実際に適用される改定率)は、67歳以下も68歳以上も+1.9%となった(図表6の⑧の列)。また、67歳以下と68歳以上の両者とも調整率がすべて反映されたため、翌年度に繰り越される調整率は発生しなかった(図表6の最右列)。

10 なお、パート労働者等に対する厚生年金の適用拡大によって20~59歳の厚生年金加入者が増加しても、公的年金の加入者数には影響しない。20~59歳で厚生年金に加入する人は、国民年金の第1号または第3号被保険者からの移行であり、厚生年金に加入する前から公的年金の加入者数に含まれているためである。他方で、厚生年金の適用拡大によって60代の厚生年金加入者が増えれば、公的年金加入者数の増加に寄与する。実際に、厚生年金加入者のうちパート労働者(短時間労働者)の性・年齢分布を見ると、特に男性においては60代の比率が高い。しかし、厚生年金加入者のうち短時間労働者の60代は男女計で16万人に過ぎないため、公的年金加入者数全体(約6700万人)に対しては限定的な影響に留まる。
本稿では、別稿で確認した年金額改定のルール(図表1)が、2025年度分の改定でどのように機能したかを確認した。その要点は、次のとおりである。
- 本来の改定率の計算過程では、2024年(暦年)の物価上昇率が即時に反映された。
- 本来の改定率の計算に用いる実質賃金変動率は2~4年度前の平均であるため、3~2年度前のマイナスが4年度前のプラスで緩和された。
- 実質賃金変動率はマイナスとなり、67歳以下と68歳以上の本来の改定率がともに賃金変動率となった。
- 年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)も2~4年度前の平均であるため、コロナ禍が年金額に与える影響を抑えられた。
- 本来の改定率が前年の物価上昇を反映して一定程度のプラスになったため、年金財政健全化のための調整率はすべて反映された。
- この結果、2025年度の調整後の改定率(実際に適用される改定率)は、67歳以下と68歳以上の双方で3年連続の増額になったが、調整率の適用により年金額は3年連続で目減りした。
物価の上昇が続く中、年金額が3年連続で増額された点は、朗報と言えよう。また、改定率の計算過程に3年平均を取る仕組みが入っていたことで実質賃金の変動やコロナ禍の影響を抑えられた点も、制度設計の恩恵を受けたと言えよう。
一方で、年金額の実質的な価値が3年連続で目減りする点には、注意する必要がある。特に2025年度の改定においては、賃金変動率が物価変動率よりも低いものの、本来の改定率がプラスだったため、物価変動率よりも低い賃金変動率からマクロ経済スライドの調整率が差し引かれている。その結果、マクロ経済スライド適用後の改定率と物価変動率を比べれば、物価変動率と賃金変動率の差(-0.4%)とマクロ経済スライドの調整率(-0.4%)を合わせた-0.8%分が目減りする形になっている。
本来の改定率の特例は現役世代とのバランスを取るための仕組みであり、マクロ経済スライドは少子化や長寿化に対応するための仕組みとは言え、公的年金が収入の大半を占める高齢世帯にとっては厳しい改定となった。現役世代の賃金の伸びも物価の伸びに追いついていない中ではあるが、年金額の伸びは賃金の伸びよりも低いことや、その原因は現役世代の保険料率を固定するために導入されたマクロ経済スライドにあることを、改めて認識する必要があるだろう。