<前編のあらすじ>
有美子さん(仮名・70歳)は夫・光昭さん(74歳)と暮らしています。22歳で結婚してから長らく専業主婦を続けてきましたが、64歳からパート勤務で厚生年金に加入し、70歳まで6年間働き続けました。有美子さんは年金額の少ない老齢厚生年金について「70歳まで加入して増やし、しかもここから繰下げもすれば増額も大きくなりそう」と期待を抱き、70歳まで繰下げ受給を選択します。
しかし70歳の誕生月、年金事務所で衝撃の事実を知ります。22万円の年金に対し繰下げ増額分はわずか2万5000円だったのです。困惑した有美子さんは、さらに「累計額の逆転時期は90歳過ぎ」という想定外の試算を告げられたのでした。
●前編:【70歳まで厚生年金加入の女性、繰下げ受給で「42%増額」を目指すも…窓口で知った“増額わずか2.5万円”の現実】
繰下げ増額は65歳前の記録のみが対象
繰下げ受給は繰下げ受給開始時期ごとの増額率によって増額された年金を受給できると言われています。しかし、1カ月0.7%の繰下げ増額の対象となるのは、65歳になる日の前月まで(受給権発生日の前月まで)の加入記録で計算された金額に限られます。つまり、65歳以降の加入期間で計算される額は繰下げ増額の対象外となります。
有美子さんの65歳時点での老齢厚生年金は6万円となっています。これは22歳で結婚する前の期間(約2年)と、64歳になってから加入してから65歳の前月までの期間(1年)、合計約3年で計算された額です。この6万円に対して、繰下げの増額が適用され、2万5000円程度(6万円×42%)増額になります。
有美子さんは65歳以降5年間も厚生年金に加入していて保険料が毎月の給与から引かれていました。65歳以上70歳未満の5年分は掛け捨てにならず、受給額にプラスされることにはなります。有美子さんの場合、70歳時点で16万円プラスされ、6万円に16万円を足した22万円が繰下げ前の額になります。しかし、繰下げとしての増額は2万5000円のままです。そのため、繰下げ増額の2万5000円は22万円のうちの42%にはなっていないことになります。
受給累計額の逆転が90歳過ぎになるのはなぜ?
繰下げ受給が65歳の前月までの期間で計算された額であることを理解した有美子さん。しかし、まだ疑問があります。「なぜ、逆転時期は90歳過ぎなのですか? 82歳だって聞いています。税金や社会保険料を引いて手取りで考えたらそうなるのですか?」と尋ねます。
職員は「税金や社会保険料は加味していない額です」と答えましたが、ここまで逆転時期が遅くなることについて職員自身もよくわからず、90歳を超える年齢に半信半疑なくらいです。
実はこれは2022年から始まった在職定時改定制度が影響しています。在職定時改定は、65歳以上70歳未満で厚生年金に加入している場合、掛けてきたその保険料が毎年老齢厚生年金の額に反映されるものとなります。具体的には、基準日(9月1日)時点で厚生年金に加入していると、その前月(8月)までの厚生年金被保険者期間を基礎に再計算され、基準日の翌月分(10月分)から老齢厚生年金が増える仕組みです。
もし、有美子さんが繰下げをせず65歳から受給すると、2022年の制度施行以後70歳になるまで毎年その恩恵が受けられ、毎年すこしずつ年金が増えていたことになりますが、70歳で繰下げをすると、その恩恵がまったくありません。そして、有美子さんの老齢厚生年金は、65歳前の加入期間で計算された額(6万円)より65歳以上70歳未満の加入期間で計算された額(16万円)が多くなっています。このことも影響して、82歳よりかなり遅い時期に逆転時期が来てしまっていたのでした。
有美子さんの最終判断は…
70歳まで繰下げのために老齢厚生年金の受給を待った有美子さんですが、ここで老齢厚生年金を70歳からこのまま繰下げが選択できるだけでなく、65歳に5年遡って65歳開始(繰下げなし)で受給することもできます。
有美子さんは繰下げ受給が自身の予想とは違っていたこともあり、また、将来、光昭さんが先に亡くなった場合に支給される遺族厚生年金は繰下げ増額分も含めた老齢厚生年金で調整されることも知り、繰下げをせず65歳に遡って受給することに決めました。
70歳で繰下げ受給をすると42%増額されると言われていますが、増額にはルールが定められています。特に65歳以降で厚生年金に加入する人は事前にこの点を確認しておくとよいでしょう。
※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。
五十嵐 義典/ファイナンシャルプランナー
よこはまライフプランニング代表取締役、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP®認定者、特定社会保険労務士、日本年金学会会員、服部年金企画講師。専門分野は公的年金で、これまで5500件を超える年金相談業務を経験。また、年金事務担当者・社労士・FP向けの教育研修や、ウェブメディア・専門誌での記事執筆を行い、新聞、雑誌への取材協力も多数ある。横浜市を中心に首都圏で活動中。※2024年7月までは井内義典(いのうち よしのり)名義で活動。