ひきこもりの兄を持つ弟の苦悩
相談者は平賀智樹さん(仮名・48歳)。30年以上ひきこもり状態にある兄(50歳)を心配し、筆者のもとを訪れました。
■家族構成
ひきこもり当事者 兄(50歳)
母親(81歳)
智樹さん(48歳)
※兄は母親と二人暮らし。智樹さんには家庭があり、兄・母とは別居中
面談の席で智樹さんは言いました。
「兄には発達障害があり10代後半からひきこもっています。家事はすべて母親に頼りきり。1年前に父親を亡くしても生活を見直すそぶりは一切ありません。兄は今まで働いた経験がなく、今後も働くことは難しいと思います。母親の貯蓄もわずかで、先行きが心配でなりません」
「なるほど、事情はよく分かりました。お兄様には発達障害があるとのことですが、病院は受診しているのでしょうか?」
「はい。兄が40歳を過ぎた頃『気分が落ち込んで毎日がしんどい』と言うようになり、初めて病院を受診しました。医師からは、発達障害の1つである自閉スペクトラム症と、長年のひきこもりが原因で抑うつ状態も出ていると診断されています」
障害年金請求もできたが、8年近く放置の謎
そこまで確認できた筆者は、障害年金の説明をすることにしました。
智樹さんによると、兄が初めて精神科を受診したのは40歳頃。その時は国民年金に加入中でした。国民年金保険料は親が支払っており、父親が退職してから現在までは全額免除を利用してきたとのこと。年金の未納が多すぎることもないので、障害基礎年金を請求する権利は発生します。
障害基礎年金には1級と2級があり、仮に2級に該当した場合、金額は次のようになります。
障害基礎年金 6万9308円
障害年金生活者支援給付金 5450円
合計 7万4758円
※いずれも月額で2025年度の金額
(補足)
2026年度の金額は次の通り。いずれも月額。
障害基礎年金 7万608円
障害年金生活者支援給付金 5620円
合計 7万6228円
障害年金は初診日(初めてその障害で病院を受診した日)から1年6カ月が経過した日以降に請求ができます。
しかし、兄は現在50歳。初診から1年6カ月が経っても請求を行わず、その後も8年間近く放置してきたことになります。
不思議に思った筆者は智樹さんに理由を尋ねました。
家族が抱えていた事情とは
智樹さんによると生前の父親は兄に無関心。母親も「難しいことはよく分からない」と消極的で、智樹さん自身も仕事と子育てに忙しく、兄のことは母親に任せっきりだったそうです。兄本人も医師に言い出すことができず、時間だけが過ぎてしまいました。
智樹さんは不安そうに言いました。
「今からでも障害基礎年金の請求は間に合うでしょうか?」
請求自体は可能…しかし“5年”の時効あり
「書類が揃えられれば請求はできます。ただし障害年金の請求方法は2パターンあります」
(パターン①)障害認定日による請求
初診日から1年6カ月が経過した日(障害認定日)に法令に定める障害の状態にあるときは、障害認定日の翌月分から年金を受け取ることができます。
(パターン②)事後重症による請求
障害認定日に法令に定める障害の状態に該当しなかった場合でも、その後病状が悪化し法令に定める障害の状態になったときは、請求日の翌月分から年金を受け取ることができます。
智樹さんによると、兄は初診から現在まで同じ病院に通院しているので、障害認定日当時の診断書を入手することはできます。つまり、障害認定日による請求が可能です。
ただし、と筆者は前置きしたうえで説明を続けました。
「障害年金の時効は5年です。仮にお兄様が障害認定日による請求で42歳頃からの障害年金が認められても、障害年金は過去5年分(45歳頃から50歳頃まで)しかさかのぼって支給されません。また、障害年金生活者支援給付金は請求月の翌月分から発生するので、障害認定日当時までさかのぼって支給されることはありません。つまり、請求は早ければ早いほど望ましかったということです」
400万円が一括で受け取れる可能性が浮上
「もし兄が障害認定日による請求が認められたら、どのくらいの金額になるのでしょうか?」
「初回に過去5年分の約400万円が一括で振り込まれます。その後は偶数月の15日に2か月分の約14万9500円が振り込まれ続けます」
「400万円! でも、税金もかなりの額になってしまいそうです」
「税金はかかりません。大丈夫です。障害基礎年金および障害年金生活者支援給付金は非課税だからです」
「安心しました。それで結局のところ、兄は障害基礎年金が受給できそうでしょうか?」
「お兄様が障害基礎年金を受給できるかどうかは、医師の作成する診断書とご家族または代理人が作成する病歴就労状況等申立書という書類の記載内容で判断されます。お兄様はコミュニケーションが苦手ということなので、障害認定日当時や現在の日常生活の困難さが医師にしっかりと伝わっていないかもしれません。そうなると、診断書が軽めの記載になってしまう可能性もあり得ます」
すると智樹さんは不安そうな声をあげました。
「では一体どうすればよいのでしょうか?」
「お兄様の日常生活の困難さをまとめた文書を作成し、医師にご覧いただく方法をとってみます。発達障害は生まれつきの脳の障害であり、症状はほとんど変わらないことも多いです。よって、お兄様は障害認定日当時も現在も同じような困難さを抱えていることでしょう。お兄様の同意が得られれば、私も文書作成のご協力をすることができます」
「ぜひお願いしたいです。まずは兄と母に事情を話し、同意を得るところから始めます」
面談後、兄から同意が得られ、筆者はさっそく文書を作成しました。智樹さんが兄の受診に同席し、医師に事情を説明。障害認定日当時と現在の障害状態を医師とすり合わせ、診断書の作成を依頼しました。
その間に筆者は必要な書類をそろえ、診断書を入手した後は、すみやかに障害年金の請求を完了させました。
家族に新たな問題が発生
請求から3カ月がたった頃。智樹さんから「無事に障害認定日による請求が認められました」と連絡を受けました。
しかしその半年後、事態は急変。智樹さんから再び連絡があったのです。
「兄の件でちょっと困ったことになりまして……。もう一度ご相談させてください」
一体、何があったのでしょうか。
●50代で働けずひきこもる兄。弟の協力でなんとか障害年金を受給できるようになりました。こうして少しは生活が楽になると思われました矢先、「信じられない出来事」が起こります。家族が直面した新たな問題とは? 後編【「通帳とキャッシュカードを渡そうとしません」障害年金400万円を使い果たした50歳ひきこもり兄…管理を試みた弟が直面した限界】で詳説します。
※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。
浜田 裕也/社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー
親族がひきこもり経験者であったことから、ひきこもり支援にも携わるようになる。ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度のアドバイスも行っている。ひきこもりのお子さんに限らず、障害をお持ちのお子さん、ニートやフリーターのお子さんをもつ家庭の生活設計の相談も受けている。『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。