《ビットコインをはじめとする暗号資産(仮想通貨)を資産運用に取り入れる動きが高まっていますが、そもそも暗号資産は「資産」と呼べるのでしょうか? 株式や他の資産との違いから、暗号資産に「ないもの」について考えます》
暗号資産を「資産」にする流れが加速
暗号資産を金融商品の一つとして、世界の機関投資家や投資ファンド、あるいは、資産運用の一環として事業会社が自己の資産に取り入れる動きが活発化している。
彼らはこれまで、「暗号資産の森」を遠くから眺めているだけだったが、見かけ上とは言え、森の時価総額が200兆円を超えるまで成長した今、株式、債券、コモディティ(商品)に並ぶアセット(資産)としての認識が広まっている。
これまで暗号資産は一部の個人の売買対象のひとつだったが、機関投資家から見れば、相関性の異なるアセットとして魅力的なのかもしれない。つまり、相関性のないアセットを組み入れることで、トータルリスクが低減されるというポートフォリオの考え方である。
ただ、前項でも紹介しているとおり、アセットとして対象とする前に、暗号資産について認識しなければならないことは多くある。森の中身を鳥瞰し、木々をしっかり観察する必要がある。
株式にはあるが暗号資産にはないもの
株式や債券など、伝統的アセット(資産)の持ち主は明確である。これは、それぞれのアセットに名義が振られており、売買(譲渡)される度に、書き換えられ、誰の所有になっているか判るようになっているからだ。
アセットの交換手段である法定通貨も、そのものには名義がなくとも、利用しようとする場合、所有者の本人口座確認は必須である。
一方、暗号資産のそれは、かなり不明確である。暗号資産の森には大小関係なく木々が生息しているが、それぞれ、どれだけの量が誰の所有分なのかの記載はされていないのだ。
もちろん、通常の世界の木々にも所有者名は書いていないが、どの所有者の土地に生息しているかはわかる。つまり所属は判明するはずだ。実物の不動産も同様であるし、法定通貨も、預け先での名義は明らかである。仮にタンス預金でも、自分名義の家(不動産)にあるはずだ。
どんな資産でも、自分が所有者であると認識できなければ元も子もない。暗号資産の場合、所有者本人は持ち主の住所とされる「アドレス」と「暗号鍵」の組み合わせを認識することで、自分の所有であることを確認できる。
しかし、他人がその所有者の素性を突き止めることは困難で、中央の管理者がいないため、問い合わせる先もない。森の住人(投資家)は、隣にどんな人が住んでいるか、どんな暗号資産を所有しているか、また、森の中の道を歩いている人が誰なのかさえ判らないのである。
暗号資産を落とすと二度と戻らない
銀行の預金口座を例に挙げると、口座番号と暗証番号(または通帳と印鑑)があれば本人は認識可能であるし、他人にはわからなくても、中央管理者である銀行では口座番号によってどこの誰か把握することができる。つまり、本人以外でも所有者を特定できる。
銀行口座では、口座番号や暗証番号を失念、紛失、または間違って他人へ送金しても、銀行サイドから本人確認を行った上で、再発行・修正・訂正などの対応が可能だが、中央管理者がいない暗号資産では、そうした失態の修復は極めて困難だ。
もし、森の住人が本人所有の暗号資産を道に落としても(暗号鍵やアドレスを紛失・失念)、本人はもちろん見つけることができないし、他の誰もそれを拾えないのだ。
株式では、会社が保有する株主名簿からすべての所有者を把握でき、譲渡とともに所有者名義を変更する手続きが行われない限り、所有者以外への移転はほぼできない(仮に株券現物が盗難にあっても、所有の権利は維持される)。
繰り返すが、暗号資産でアドレスや暗号鍵を失念するということは、タンス預金で言えば、どこの家(場所)に自分のお金を隠した(置いた)かを忘れるのと同様で、残念ながらそのお金は他人さえも見つけられないということだ。現実世界には実在しない森(電子信号の世界)の資産だからである。
暗号資産の取引は売買とは限らない
暗号資産の取引履歴(トランザクションと呼ぶ)はブロックチェーン技術の特性上、誰でも閲覧が可能である。あるアドレスから別のアドレスに、いつ、どのくらいの量の暗号資産が送金(移転)されたのかは、誰でも確認できるのだ。
だが、そのアドレスがどこの誰かは何人も知りえない。送金元と送金先の本人だけがわかる仕組みだ。
この特徴のメリットとデミリットはそれぞれ数多くあるが、株式売買との違いは、誰がどれだけ所有しているのか、どれだけ売買しているのか、判然としていない点だ。
というのも、この取引履歴は通常の取引所売買(トレード)とは異なるためだ。個々人の間のなんらかの契約かもしれないし、同一所有者による単純なアドレス間の移転かもしれない。取引履歴の理由や、どんな背景があるのかは誰も知りえない。
この森で語られる取引履歴とは、取引所で売買された記録ではなく、送金や契約等の履歴にすぎない。例えば、ある取引所から特定のアドレスへ、そのアドレスからまた別な取引所へ、暗号資産を移転したケースだけだ(銀行でいえば一旦現金を引き出し、別の銀行に預け入れる行為)。
お札には、持ち主の名前が記載されていないことを考えると想像しやすいだろう。
暗号資産の売買は、キャッチボール
一般に知られている暗号資産の売買は、あくまで取引所内でのキャッチボールである。取引所または販売所での売買ではアドレスは書き換えられず、取引所の中で、取引所を運営する事業者が勝手に区分している個別口座間でやり取りが行われるだけだ。
暗号資産のアドレスは取引所の個別口座ごとにあるわけではなく、多数の個人取引口座があったとしても、それは取引所が作った口座数であり、暗号資産アドレス数ではない。暗号資産を売買するにあたっては、各人の所有アドレスから取引所アドレスに送金している。
極端に言えば、1000万の口座開設がある取引所であっても、所有アドレス数は1つのケースもあるわけだ。
取引所は、各人が所有する暗号資産を取引所アドレスに送金(集中)させて、各人の売買を仲介しているのであって、A氏⇔B氏の売買があったとしても、AB両氏所有暗号資産のアドレスは取引所アドレスである。取引所がAB両氏の預かり暗号資産を分別管理しているだけだ。
この点は株式や預金と同様だが、名義(アドレス)が1個という点で異なる。
これが、取引所への不正アクセス(ハッキング)が生じる背景だ。いちいち各個人のアドレスへの不正アクセスを行うよりも、莫大な預り金の大本である取引所アドレスにアクセスするほうが効率的なのである。
現実の世界でいえば、個人宅への強盗よりも銀行強盗したほうが手っ取り早いということだ。逮捕されるリスクは後者がとても大きいが、現在の暗号資産では同等かもしれない。暗号資産の取引履歴の閲覧は誰でも可能という特徴が、マイナスに生じる側面と言える。
暗号資産は絵画なのかもしれない
株式売買も土地売買も、その他アセットの売買も、契約の上で成り立っているが、その契約の履歴が暗号資産のトランザクションであり、売買(トレード)とは異なることを認識しよう。
ここでは数千種類ある株式と暗号資産を比較しているが、いわゆる為替証拠金取引(FX)や金(ゴールド)、あるいは絵画などの美術品や宝飾品に似ている商品といえるのかもしれない。
実際、従来マーケットの住人はビットコインを金と比較しがちだが、個人的には絵画に近いのではないかと思う。為替には数千種類もないし、金は純度を別にすれば1種類しかないし、その価格は工業的価値や宝飾品価値に紐づいている。
それに対して、無名の画家は無数にいるだろうし、現在はピカソ、ダ・ヴィンチ、ゴヤ、ミレーといった巨匠が圧倒的地位を築いているが、新興勢力としてバンクシーなどが出てきているようなものである。オルタナティブ投資(ヘッジファンド)では絵画も投資対象であることは知られている。
希少性なのか、芸術性なのか、事業性はあるいは技術性なのか。いずれにしても、今後価値が増大する暗号資産がまだ次々(?)と出てくるかもしれないと考えると面白い。
(2021年10月21日公開記事)