公的年金の繰り下げ受給を利用すれば、公的年金を増額できます。しかし、ほとんど利用されていないのが実態です。
一見メリットが大きそうな繰り下げ受給ですが、なぜ利用されていないのでしょうか。
今回は、公的年金の繰り下げ受給が活用されていない理由についてご紹介します。
繰り下げ受給を選択する人は2%に満たない
厚生労働省が発表した「令和2年度版厚生年金保険・国民年金事業年報」によると、令和2年度では約3,420万人が国民年金を受給する権利を持っていますが、そのうち繰り下げ受給を選択したのはわずか1.6%の約553万人だけということです。
以下では、考えられる繰り下げ受給が利用されない主な理由を5つ紹介します。
もらえるものは早くもらっておきたい
公的年金を受給できる年齢は、原則65歳からです。65歳になると、若い頃と比べれば注意力や病気への抵抗力も低下するため、事故や病気で突然亡くなってしまうこともあります。
繰り下げ受給を選択した場合、公的年金を受け取らずに死亡してしまう可能性もあるのです。
これまで給与から年金保険料を天引きされたり、国民年金を収めたりしてきたことを考えると、受け取れないリスクが高まる前に早くもらっておこうと考える人が多いことが理由のひとつとして考えられます。
繰り下げ受給をするまで老後の貯蓄が持たない
受給年齢を70歳まで遅らせようとすると、65歳から70歳までは公的年金以外の何らかの収入が必要です。
収入がない場合、老後の貯蓄の取り崩しが進んでしまうことから、やむを得ず繰り下げ受給を断念するケースもあるでしょう。
税金や社会保険料が増加してしまうから
受給する公的年金にも税金や社会保険料がかかり、額面通りの金額がもらえないことがあります。
そのため繰り下げ受給によって公的年金額が増額すれば、税金や社会保険料がかかるため、手取りが増えたという実感がわかないことから繰り下げ受給を選択しないケースも考えられます。
加給年金やその他給付金が受け取れなくなることがある
厚生年金保険に20年以上加入していた人が、65歳のときに年下の妻や子供がいると加給年金が加算される場合があります。
しかし、繰り下げ受給を選択すると加給年金は受給できません。
住民税非課税世帯など低所得者向けの給付金も、繰り下げ受給で所得が増えると利用できなくなる可能性があります。
医療費の自己負担が増加する可能性がある
75歳から加入する後期高齢者医療制度や高額療養費制度などは、所得が多く「現役並み」の所得とみなされると自己負担額が増加する仕組みになっています。
つまり繰り下げ受給で公的年金額を増額した結果、所得が「現役並み」と判断され将来の医療費負担が増加する可能性があります。
老後の資金を早いうちから考えておこう
繰り下げ受給はさまざまな理由から、まだ浸透しているとはいえない状況です。
人の平均寿命を考えると(特に平均寿命の短い男性は)、繰り下げ受給の上限である75歳まで遅らせるのは現実的とはいえません。しかし、繰り下げ受給で年金額を増やすのは、老後の公的年金額を増額する方法として合理的です。
自分の人生がいつ終わるのかは誰にもわかりません。しかし、ある程度繰り下げ受給を想定して定年退職後も引き続き働いて収入を得たり、iDeCoの積立金を活用したりするなど、繰り下げ受給を利用するまでの収入確保の方法を、早いうちに考えておくとよいでしょう。
文・金子賢司(ファイナンシャル・プランナー)
立教大学法学部卒業後、東証一部上場企業に入社。その後、保険業界に転身し、ファイナンシャル・プランナー(FP)として活動を開始。個人・法人のお金に関する相談を受けながら、北海道のテレビ番組のコメンテーターなどとしても活動している。
(2023年1月27日公開記事)