倒産相次いだ「カプセルホテル」コロナ後の大変貌 徹底的な持たない経営でホテル事業の弱点を克服

2024/06/27 12:40

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各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、その奥にある、経営哲学や歴史、ホスピタリティまでを紐解いていく連載「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」。 第13回は前編に続き、カプセルホテル『ナインアワーズ』が睡眠解析サービスと表裏一体で進める睡眠事業を解説。ホテル業態の新たな可能性を探る。 インバウン

各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、その奥にある、経営哲学や歴史、ホスピタリティまでを紐解いていく連載「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」。

第13回は前編に続き、カプセルホテル『ナインアワーズ』が睡眠解析サービスと表裏一体で進める睡眠事業を解説。ホテル業態の新たな可能性を探る。

インバウンド景気に沸くホテル業界。多くのホテルが好稼働を記録し、新規ブランドの開業も相次いでいる。だが、ホテル事業には特有の弱点がある。初期投資が大きく、景気の動向に大きく左右されがちなのだ。他事業に乗り出すのも一手だが、リスクを抱える恐れも……。

コロナ禍は、そんな業態ゆえの弱さが出た時期だった。2020年4月には、高級カプセルホテルで知られたファーストキャビン(東京)が自己破産するなど、多くのカプセルホテルが廃業に追い込まれた。

そんななかにあって、コロナを乗り越えたのが「ナインアワーズ」だ。ポイントは「睡眠事業」と、「持たない経営」にあった。

「睡眠データ」を売る、したたかなカプセルホテル会社

睡眠解析サービスで収集したデータを活用した「睡眠事業」を行っているナインアワーズ。睡眠解析サービスとは、宿泊者の眠りの深さ、いびきの音量、無呼吸になった回数と時間などを収集し、解析したレポートを提供するサービスだ。

【画像】最安2000円台から宿泊可!おしゃれで清潔、睡眠データまで取ってくれる…カプセルホテル「ナインアワーズ」の様子(10枚)

このサービスを通じて同社は、年間10万件もの睡眠データを収集している。それも、すべて研究開発への活用や販売の同意を得ており、データの精度は、学術論文のエビデンスに使用しても問題のないクオリティ。これを使って宿泊業とは異なる事業を展開しているのだ。

睡眠事業の中心となっているのは、さまざまな研究者や医療機関、医療品メーカーにデータを提供して、疾病を早期発見し、早期治療につなげる仕組み作りだ。

対象となる病は、不整脈、高血圧、ぜんそく、アルツハイマーほか、気が付かず放置していると危険なものばかり。不整脈については、すでに東京医科歯科大学と検出のための共同研究が始まっている。

その一方で、睡眠データの販売も行っている。販売先は、飲食メーカーやマットレスメーカー、製薬会社など、睡眠にアプローチする製品を開発している企業だ。依頼を受けて、企業が開発中の製品をゲストに試してもらい、被験者、非被験者の睡眠データを収集。その結果を納品している。

『ナインアワーズ浜松町』窓際のカプセルスペース 自然光が降り注ぐ『ナインアワーズ浜松町』窓際のカプセルスペース(写真:ナインアワーズ提供)

他方、健康関連企業や大学病院と協力し、異なるデータと睡眠ビッグデータを組み合わせる動きもある。結合するデータは、ウェアラブルデバイスで収集する活動データや食事データ、コンビニでの購買データ、大学病院のカルテデータなど。これらとつなぎ合わせることで価値を高め、より多くの研究開発に役立てようとしているのだ。

また、睡眠事業と宿泊事業の垣根を越えたビジネスも生まれつつある。たとえば大学病院からは、「宿泊して睡眠解析サービスを受け、疾病相当の人は大学病院で診療する」ためのホテルを作ってほしいと依頼が殺到しているという。2024年8月には、㈱NTTデータが品川に持つビル内にナインアワーズをオープンし、同社が計画するパーソナライズ・サービスにビッグデータが活用されることも決まっている。

こういった試みができるのは、空間が限られ、データを取得しやすい「カプセルホテル」だからだろう。

弱点を克服しようとして、「データ販売」にたどり着く

なんともしたたかな印象を受けるナインアワーズだが、睡眠事業が誕生したのは、むしろ「ホテル事業ゆえの弱点を克服するため」であった。

少し歴史を遡ると、ナインアワーズは、2009年に創業者が京都にブランド1号店をオープン。その経営相談を経営コンサルティング企業㈱リヴァンプが受け、2013年に同社が分社する形で運営会社㈱ナインアワーズが誕生した。しかし、その際に懸案事項となったのが、宿泊業が経済の浮き沈みに非常に影響を受ける事業モデルであることだ。

同社取締役の渡邊保之氏は、「当時から、いつか自然災害やオイルショックのようなインパクトが来ると予想しており、宿泊業が傾いた万一の際にも、経営を安定させられる別事業を模索していました」と振り返る。

検討をはじめた当初は、「デジタルに関わる事業にしたい」という漠然としたアイデアだった。だが、高齢化が進むなかでヘルステック事業が躍進をはじめ、日本人の睡眠への満足度の低さが注目されるなかで、行き着いた先が睡眠事業だ。

着想から5年が経過した2019年12月末、偶然にも、新型コロナ流行の直前に5億円の増資を受けることに成功。翌年1月から、医療機器メーカーなどの協力を得て睡眠解析サービスを準備する。

サービスを開始し、データ収集がはじまったのは2021年12月。人々が家にこもり、売り上げが激減していた時期だ。次々とカプセルホテルが倒産していた、まさにギリギリのタイミングだった。

『ナインアワーズ水道橋』6階に設えられた360度ガラス張りのラウンジ 『ナインアワーズ水道橋』6階に設えられた360度ガラス張りのラウンジ(写真:ナインアワーズ提供)

徹底的に「持たない」形態をいち早く取り入れる

創業時にもう1点、宿泊業のリスクヘッジとして導入された仕組みがある。徹底して「持たない」契約形態だ。

冒頭でも軽く触れたが、ホテル業界は初期費用が大きくなり、不況時には返済に苦労しやすいという弱点がある。

そこでナインアワーズは、土地建物はすべてオーナー会社が持ち、運営だけを請け負うビジネススタイルを取った。ボールペン1本、トイレットペーパー1つに至るまで自社では購入しない。人も採用・教育は担当するが、給与は店舗経費として請求する。昨今流入する外資系ブランドホテルなどに多い形態だが、カプセルホテル業界にあっては珍しかった。

この契約形態と増資、睡眠事業があったからこそ、コロナ禍で苦しい中でも赤字を最小限にとどめ、乗り越えることができたのだ。

ナイン 男性専用『ナインアワーズ品川駅スリープラボ for men』のカプセルスペース(写真:ナインアワーズ提供)

『ナインアワーズ浜松町』 『ナインアワーズ浜松町』の最上階には、見晴らしのいいラウンジと、屋上へ続くオープンテラスが。西側の窓からは東京タワーが間近に見える(写真提供:ナインアワーズ)

宿泊業と睡眠事業、双方が密接に関係するナインアワーズのビジネス。その経営哲学は「事業を丸ごとデザインする」だ。ここでいうデザインとは、表に見えるサービスだけではなく、背景にある人やお金、データまでをロジカルに整理して形を整えていくという意味である。宿泊と睡眠解析サービス、ビッグデータの活用が相互に関わり合っているように。

2つの事業全てにおいてコンセプトを体現し、ゲストの動線や顧客想定までを計算して設計することを強く意識しているという。

『ナインアワーズ赤坂スリープラボ』 『ナインアワーズ赤坂スリープラボ』では、上下を90度回転させた4つのカプセルで構成されるキューブを、ランダムに配置している(写真:ナインアワーズ提供)

重ねて、一度デザインしたら、その在り方を守り続けるのもこだわりだ。たとえば施設デザインは、デザインチームが提案したものを原則変えない。自分たちが口を出すことはもちろん、オーナー会社からの変更意見も受け付けない。オーナーからは広告用の張り紙や冊子の設置などもよく頼まれるそうだが、それも絶対に承諾しないという。

その理由を渡邊氏は、「iPhoneにストラップを付けるとシンプルで美しい佇まいが壊れてしまうように、一度でも特例を作ると、全てが崩れる要因を作ってしまうからです」と説明する。それに、特例があるとルールも変えなければならず、運営もしにくくなる。変わらないことで、細部まで設計したデザインやオペレーションを守っているのだ。

『ナインアワーズ名古屋駅』最上階のラウンジ デスクにコンセントがあり、爽快な眺めを前にPC作業も可能な『ナインアワーズ名古屋駅』最上階のラウンジ(写真:ナインアワーズ提供)

「カプセルホテルの海外輸出」に意欲

今ナインアワーズブランドは、東京、大阪、愛知、福岡、宮城で13ホテルを展開している。うち1軒が女性専用、1軒が男性専用だ。企業全体としては、仮眠ができる24時間サウナ『ドシー』、カプセルホテルに大浴場とサウナをプラスした『カプセルプラス』、オペレーションのみを受託しているホテルを合わせて全25軒を運営。目標は2030年に国内100ホテル、海外で50ホテルを運営することだ。

海外出店はヨーロッパや北米、アジアで検討しており、直近では、スイスのジュネーブで計画が進んでいる。その後、ロンドン、パリ、アムステルダムにも出店予定だ。

『ナインアワーズ浜松町』 ガラス張りの立体的なデザインが目を引く『ナインアワーズ浜松町』の外観。窓際にはデスクやテラスも(写真提供:ナインアワーズ)

喫緊の課題は、海外でカプセルホテルをどのようにデザインするのかだ。視察に訪れると、日本のカプセルの見た目だけを真似しているホテルはあれど、オペレーションなどがかなり杜撰だという。

しかし、日本の本物を単純に持っていくだけでいいのかというと、それも間違いかもしれない。過去には、カリフォルニアロールが爆発的に流行った事例もある。現地のパートナーと密接にコミュニケーションをとりながら、国によりカスタマイズをしていく必要があると見ている。また経営面では、2年後にグロース市場での上場準備も整えているそうだ。

早すぎない「先見の明」が今後のキモ

取材最後に、今後も右肩上がりを続けていくために必要なことはなにかと渡邊氏に尋ねると、「他より半歩、約2年ほど新しい事業を展開していくことではないでしょうか」という答えが返ってきた。

同社では2017年、他に先駆けてサウナやスマートチェックイン、QRコードキーを提案した実績がある。この「先見の明」こそがナインアワーズに欠かせないものだというのだ。

『ナインアワーズウーマン新宿』 女性専用『ナインアワーズウーマン新宿』の入り口に設置されたスマートチェックイン機。チェックインするとQRコードキーが出力され、施設内に入ることができる(写真:ナインアワーズ提供)

飽きさせず、強烈な先進性までとはいかなくても、常に2年早いアイデアを取り入れる。それより早すぎても、遅すぎても失敗する。今は集客できているデザイン性も睡眠解析も、5年、10年したら当たり前になっている可能性が高いだろう。

コロナ禍を乗り越えて、拡大を続けるナインアワーズ。カプセルホテル業界を牽引し、ビジネスの在り方や儲けの仕組みを変えていく存在になるだろうと、強く感じさせられた取材だった。

『ナインアワーズウーマン新宿』ラウンジスペースに設けられた、眺めのいい窓際のデスク 『ナインアワーズウーマン新宿』ラウンジスペースに設けられた、眺めのいい窓際のデスク(写真提供:ナインアワーズ)

著者:笹間 聖子