トヨタ「2000GT」が1億円超えしても納得できる理由──007ボンドカーにも採用

2022/07/28 11:35

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映画『007』のボンドカーにもなったトヨタ「2000GT」。海外オークションで1億円以上の値が付いたこともあるが高値で取引されているのには、納得の理由がある。 東京五輪の翌年、高度成長期に生まれたスーパーカー 「日本初のスーパーカー」といわれる2000GTが生まれたのは、東京オリンピックの翌年の1965年(発売は196

映画『007』のボンドカーにもなったトヨタ「2000GT」。海外オークションで1億円以上の値が付いたこともあるが高値で取引されているのには、納得の理由がある。

東京五輪の翌年、高度成長期に生まれたスーパーカー

「日本初のスーパーカー」といわれる2000GTが生まれたのは、東京オリンピックの翌年の1965年(発売は1967年)。高度経済成長期真っ只中だった日本では、生活の必需品として社会に自動車が急速に浸透し、日産やホンダといったライバルメーカーがスポーツカー開発競争を繰り広げていた。

そんな中、トヨタがヤマハと連携し、当時の最新技術とノウハウを駆使して完成させた2000GTは、ライバルとは一線を画す「無敵のスポーツカー」として注目を集めた。

試作車の完成までわずか10ヵ月という短い開発期間だったにも関わらず、その完成度の高さは世界を驚愕させた。最高出力150 馬力/7,000 rpm 、最高速度平均時速 135 mph(約217km)と、スポーツカーとしては世界トップクラスの性能だった。

さらに日本で初めてリトラクタブルヘッドライトを搭載し、軽量化のために自動車部材としては異例のマグネシウム製ホイールを使用するなど、革新的な試みも話題を呼んだ。

発売前には数々のレースで上位の成績を収め、スピードトライアルでは3つの世界記録と13の国際記録するなど、「日本が誇る無敵のスーパーカー」の地位を不動のものにした。

新車の価格は大卒初任給の約95倍だった

2000GTの魅力は、優れた性能だけではない。ハイスペックな車体と魅力的な形状を完全に融合させた高度なデザインは、当時の日本車とはかけ離れたものだった。たとえば流れるようなロングノーズ・ショートデッキはその一例だろう。これは、フロントの鼻先部分に大容量かつ高性能なエンジンを搭載しており長い反面、後部のリヤデッキ部分が短い構造のことをいう。

さらに、日本を舞台にした映画『007は二度死ぬ』(1967年公開)のボンドカーに抜擢されたことで、大衆間でも知名度が高まった。

ちなみに発売当初の新車価格は238万円。平均的な大卒初任給が2万円強の時代だったことを考慮すると、どれほど高額な車であったか想像がつく。

最高額1億円超え 現在の価格は?

2000GTの相場は2015年をピークに下がってきているそうだが、「伝説の日本のスーパーカーを手に入れたい」というコレクターは後を絶たない。

2013年のRMサザビーズのオークションでは、当時のアジアのオークションカー最高額の115万5000ドル(約1億2675万円)で落札された。出品者はアメリカのレーシングドライバー、オットー・リントンで、30年以上所有していたものだった。

実際の販売期間は、後期モデルを含めて3年。生産台数はわずか351台(そのうち国内販売は218台)と、非常に希少価値が高い。2021年6月2日現在、筆者が中古車サイトを調べたところ、米国で1台、日本で2台しか見当たらない。いずれも「価格応相談」だ。

たとえ入手できたとしても、年間の維持費(税金・保険・駐車場など)はそれなりの額となるだろう。大きな故障などが必要になれば、さらにお金がかかる。数千万~数億円の車を買える経済力がある人にとっては大金ではないのだろうが、維持できる層はごく一握りである。

2000GTが高性能、デザイン、話題性、希少価値のすべて備えた伝説のスーパーカーであることを考慮すると、1億円以上の価値があっても不思議ではない。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)
編集・濱田 優(dメニューマネー編集長)
画像・TOYOTA Webサイト・カタログより

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